• 木下 昂也(Koya Kinoshita)

アグネスゴールドが2期連続でブラジル種牡馬リーディングを獲得

 1頭の種牡馬がその国、その地域の競馬を変えてしまうことがある。ガリレオの叡智はヨーロッパ中に浸透し、タピットの絨毯はアメリカ全土に敷かれ、日本ではサンデーサイレンスが他の種牡馬を黙らせた。ブラジルはもはやアグネスゴールドの輝きが届かない一隅さえない。


 6月30日をもって、ブラジル競馬の2020/21シーズン(2020年7月1日~2021年6月30日)が幕を下ろした。昨シーズンを簡潔にまとめるならば、「アグネスゴールド一色」である。日本でもたびたびアグネスゴールド産駒によるGⅠ制覇のニュースが伝えられた。しかし、断片的な情報を拾っただけでは、いかに昨シーズンのアグネスゴールドが破竹の勢いだったかを理解するのは難しい。そこで今回は、昨シーズンにおけるアグネスゴールドの活躍を紹介する。


 ブラジル・スタッドブックの統計によると、アグネスゴールドは130勝をあげ、勝ち星で種牡馬リーディングを獲得した。2位のプットイットバック(Put It Back)とは28勝の差である。驚くべきは獲得賞金額である。アグネスゴールドは266万4797レアルで首位になったが、2位のプットイットバックが152万613レアルなので、約110万レアルもの大差をつけた。これで2019/20シーズンに続き、2期連続で総合リーディングに輝いた。8月14日に発表されるモッソロー賞、すなわち、ブラジル版のJRA賞で最優秀種牡馬に選出されることは確実である。


 また、2歳種牡馬リーディングを獲得したのもアグネスゴールドである。勝ち星ではフォレストリー(Forestry)やドロッセルマイヤー(Drosselmeyer)などに劣るが、産駒のオルフェネグロ(Orfeu Negro)がGⅠを、オンライン(Online)とリーガルタイト(Regal Tight)がGⅢを勝ち、獲得賞金でわずかに2頭を上回った。今年23歳になった高齢の種牡馬が2歳リーディングも獲得するとは驚きである。



 なぜここまで獲得賞金額の差が開いたのか?


 昨シーズンのアグネスゴールド産駒は大舞台で強さを発揮した。2020年7月1日から2021年6月30日までに重賞を20勝、そのうちGⅠを8勝した。これはブラジル国内だけの数字である。ブラジル・スタッドブックの成績には加算されないが、ウルグアイでの重賞4勝(GⅠ2勝)と、アメリカでのGⅠシャドウェル・ターフ・マイルS優勝も忘れてはならない。上記の期間において3ヶ国のGⅠウィナーとなり、これまで勝利したアルゼンチンとバルバドスを加えて、計5ヶ国でGⅠを勝利した種牡馬となった。


 勝利したGⅠ競走の内容の濃さにも注目しておきたい。ブラジル(カリオカ)牝馬3冠達成と、ブラジルのダービーに相当するGⅠクルゼイロ・ド・スル。ウルグアイでは2000ギニーにあたるGⅠポージャ・デ・ポトリージョスと、日本のエリザベス女王杯に相当するGⅠシウダー・デ・モンテビデオ。アメリカのGⅠシャドウェル・ターフ・マイルSはBCマイルの優先出走権を懸けた戦いである。



■ GⅠ馬(2020年7月1日~2021年6月30日)

ナタン(Nathan)

ポージャ・デ・ポトリージョス(8月)


オリンピックジョンスノー(Olympic Jhonsnow)

プレジデンチ・ダ・ヘプブリカ(9月)


イバール(Ivar)

シャドウェル・ターフ・マイルS(10月)


ヘウェア(Hevea)

O.S.A.F.(10月)


オンラレアル(Honra Real)

シウダー・デ・モンテビデオ(1月)


ジャネールモネイ(Janelle Monae)

エンヒキ・ポソーロ(2月)

ヂアナ(3月)

ゼリア・ゴンザーガ・ペイショット・ヂ・カストロ(4月)


クーロエカミーチャ(Culo E Camicia)

フランシスコ・エドゥアルド・イ・リンネオ・エドゥアルド・ヂ・パウラ・マシャード(3月)


オリンピッククレムリン(Olympic Kremlin)

クルゼイロ・ド・スル(4月)


オルフェネグロ(Orfeu Negro)

ジョッキークルブ・ブラジレイロ(6月)



 ディープインパクトが「大」種牡馬と言われるように、キングカメハメハが「名」種牡馬と呼ばれるように、南米におけるアグネスゴールドの評価も単なる種牡馬の域を超えている。Agnes Gold という名前の前には Estupendo(素晴らしい), Sensacional(センセーショナルな), Único(唯一無二の)といった形容詞が置かれれば、後ろには O melhor garanhão da atualidade(現在もっとも優れた種牡馬)との説明がつく。


 アグネスゴールドを種牡馬として重宝したヒオ・ドイス・イルマオス牧場のベト・フィゲイレード氏は、以前『トゥルフ・ディアリオ』のインタビューにおいて、「アグネスゴールドをガディール(Ghadeer)、サザンヘイロー(Southern Halo)、バーンスタイン(Bernstein)と比較している」と述べた。3頭はいずれも南米の血統を変えた大種牡馬である。トゥルフ・ディアリオも同インタビュー記事内で、アグネスゴールドはロイ(Roy)やキャンディーストライプス(Candy Stripes)と肩を並べると称賛した。アグネスゴールドは歴史的な存在にまで昇りつめた。


 アグネスゴールドは2020年をもって種牡馬を引退した。日本とアメリカで時間を浪費したため、種牡馬として本格的に活動した期間は10年にも満たない。ここで頭をよぎるのが、イチロー論争である。最初からMLBでデビューしていれば、いったい何本のヒットを打ったのだろうか? 同じことがアグネスゴールドにも言える。アグネスゴールドが最初からブラジルで種牡馬になっていれば、いったいどれだけのGⅠ勝ち馬を、どれほどの名馬をこの世に輩出したのだろうか? 昨シーズンの大活躍は妄想を加速させてくれる。


 こうもアグネスゴールド産駒が活躍すると、その血が南米で広がっている、これから広がっていくという錯覚を覚えるかもしれない。母系でという意味でなら頷ける。母父アグネスゴールド、母母父アグネスゴールドという血統は確実に残る。しかし、父父アグネスゴールドとなると、首を傾げずにはいられないのが現状だ。アグネスゴールドは後継者問題に悩んでいる。


 これまでアグネスゴールド産駒で種牡馬入りした馬はいない。アグネスゴールドは南米重賞を計68勝しているが、うち42勝が牝馬である。牡馬でGⅠを勝利したのは、バルバドスGⅠを優勝したアイアムソーグルーヴィー(Iamsogroovy)を除けば、2019年5月25日のイバール(Ivar)と最近の出来事である。それから、アブダビ、ナタン、オリンピックジョンスノー、クーロエカミーチャ、オリンピッククレムリン、オルフェネグロと牡馬のGⅠ馬が誕生したが、悪い言い方を許してほしいが、いずれもポッと出のGⅠ馬で、種牡馬になれるかはまったく定かではなく、仮に種牡馬になれたとしても、有力な生産牧場で毎年100頭と種付けするような存在にはなれないだろう。アメリカGⅠを勝ったイバールに関しては、現役生活まっただ中であり、どの国で種牡馬になるのか、そもそも種牡馬になれるのかすら確定していない。現状では、アグネスゴールド系はアグネスゴールドで終わるのが濃厚である。


 もちろん、断言はできない。まだ2019年産馬が66頭、2020年産馬が42頭いる。良血馬も多数おり、この中から後継者が現れる可能性は充分にある。レース結果だけでなく、血の継承はできるのかという点も含めて、残り少なくなったアグネスゴールド産駒の活躍に注目していきたい。



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木下 昂也(Koya Kinoshita)

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