
木下 昂也(Koya Kinoshita)
アルゼンチンのサラブレッド生産頭数が大幅減の予測
国際競馬統括機関連盟(IFHA)の統計によると、サラブレッド生産頭数の上位5ヶ国は、アメリカ、オーストラリア、アイルランド、日本、アルゼンチンである。しかし、アルゼンチンはすでにトップ5から脱落したと言っていいだろう。アルゼンチンでブラッドストック・エージェントをしているフアン・ロドリゲス・サルト氏によると、これまで年間7,000頭前後だった同国の生産頭数が、2021年には5,000頭を下回る見込みとのことである。
アルゼンチン・スタッドブックによると、2011年から2020年における同国のサラブレッド生産頭数の推移は以下のとおりである。()内は前年の種付け回数を示している。
2011年 8,948頭(14,428回)
2012年 8,804頭(14,622回)
2013年 8,123頭(13,993回)
2014年 8,123頭(13,942回)
2015年 7,713頭(13,149回)
2016年 7,481頭(13,044回)
2017年 7,666頭(13,004回)
2018年 7,276頭(12,628回)
2019年 6,327頭(11,466回)
2020年 5,305頭(10,695回)
2020, 21年の数値は修正される可能性を多分に含んでいるが、ある日突然+1,000頭されるということはありえない。したがって、近10年で約3,500頭も生産頭数が減ったということである。55%から60%あった出生率も、2020年産馬(2019年種付け)では49.6%まで落ちこんだ。
サルト氏によると、この数字はさらに悪くなる。2021年は5,000頭を割るというのである。2021年6月4日時点で、スタッドブックに記録された2020年の種付け回数は8,781回。出生率を50%として計算するとおよそ4,400頭になることから、あながち間違った予測ではない。すなわち、アルゼンチン産馬の数は全盛期の半分にまで減る。これはフランス(約5,500頭)やイギリス(約4,700頭)におけるサラブレッドの年間生産頭数を下回る。
なぜアルゼンチンのサラブレッド生産はここまで落ちこんでしまったのだろうか? 1つには、説明する必要もないアルゼンチンの経済危機である。債務不履行(デフォルト)はもはやお家芸となった。2つには、ラ・エスペランサ牧場、ラ・ビスナーガ牧場、ラ・ケブラーダ牧場といったアルゼンチン競馬界を代表する生産牧場の解散・規模縮小が挙げられる。
こうした負の流れに追い打ちをかけたのが、Covid-19の流行である。アルゼンチンの競馬開催は半年も中断を強いられ、レース賞金は減額された。馬主の中には、1着賞金が競馬場までの輸送費を上回らない、走れば走るほど赤字になるとして、馬を手放す者、競馬産業から手を引く者がいた。競馬は産業である。産業であるということは、金の切れ目が競馬との縁の切れ目。2020年の種付けが減り、2021年の生産頭数が減るというのは、至極当然の結果である。
アルゼンチンのサラブレッド生産は滑り台にいるのか? 答えは明確にイエスである。しかし、サルト氏によると、滑り台にはいるが地面が近づいてきたとのことである。生産頭数の減少はこのあたりでストップするだろうとの見解である。その予測の正しさを裏づけるように、アボレンゴ牧場、バカシオン牧場、ラ・パシオン牧場、ラ・プロビデンシア牧場といった有名牧場が開いた今年のセールは、いずれも過去最高と言えるほどの盛況に終わった。つまり、弱い者が消え、強い者が生き残った結果が、生産頭数の大幅減少という形で現れたのではないだろうか。
サラブレッド生産頭数の減少はアルゼンチンだけの問題ではない。ここからは、南米諸国の生産頭数の推移を見ていく。数字は参考にする情報、後のデータ更新などによって多少前後するが、誤差の範囲としてご容赦願いたい。
ブラジル・スタッドブックが昨年12月に発表した報告書によると、同国の生産頭数は以下のとおりである。
2011年 2,934頭
2012年 2,865頭
2013年 2,722頭
2014年 2,446頭
2015年 2,226頭
2016年 1,989頭
2017年 1,795頭
2018年 1,784頭
ブラジルはここ10年で1,000頭以上も生産頭数が減った。2000年から2009年にかけては年間3,000頭を超え、2002年は21世紀国内最高となる3,556頭を記録したことを考えると、実に2,000頭近い減少である。しかし、これだけ頭数を減らしながらも、アメリカの一流馬と互角に戦える馬を輩出できているのが驚きである。生産数は減っても、生産力は衰えていない。
ウルグアイは2010年代に入って馬産を回復した。1990年代から2000年代前半の生産頭数は、1998年の948頭から2004年の1,409頭の幅に留まっていた。しかし、2011年には1,992頭と、一時期のほぼ倍となる生産頭数を記録した。
2011年 1,992頭(登録:1,992頭)
2012年 1,920頭(登録:1,936頭)
2013年 1,719頭(登録:1,765頭)
2014年 1,747頭(登録:1,768頭)
2015年 1,633頭(登録:1,699頭)
2016年 1,688頭(登録:1,714頭)
2017年 1,527頭(登録:1,750頭)
2018年 1,346頭(登録:1,565頭)
だが、山は下り坂に差しかかっている。2011,12年のピークを境に、現在は1,400頭以下まで落ちこんだ。生産頭数が減るにともない、生産頭数と競走馬登録頭数の差が開いてきた。つまり、外国産馬、主にブラジル産馬が増えてきたということである。ウルグアイは隣国のアルゼンチンに繁殖牝馬を送って有力種牡馬と交配させたり、アメリカからケンタッキー・ダービー馬オーブを輸入したりと、馬質の改善に熱心だが、原材料をブラジルから輸入し、ウルグアイで加工するという馬のパターンもますます増えていくだろう。
ペルーはもともと生産頭数が3桁だったこともあり、減少幅は少ないが、それでも減っていることには変わりない。
2011年 650頭
2012年 631頭
2013年 689頭
2014年 654頭
2015年 602頭
2016年 554頭
2017年 583頭
2018年 530頭
2019年 510頭
2020年 496頭
IFHAの統計によると、2011年から2018年までに世界のサラブレッド生産頭数が1万頭も減少した。アルゼンチンで-1,700頭、ブラジルで-1,200頭、ウルグアイで-600頭、ペルーで-120頭、計-3,620頭と、南米地域の減少の影響が大きい。
南米諸国で唯一変動がないのがチリである。
2011年 1,716頭
2012年 1,703頭
2013年 1,704頭
2014年 1,624頭
2015年 1,630頭
2016年 1,638頭
2017年 1,732頭
2018年 1,805頭
2019年 1,728頭
2000年代の最高値は2006年の1,837頭と、近年の数字とさほど変わりない。チリのサラブレッド生産は安定している。だが、チリもアルゼンチンと同様にCovid-19の影響をもろに受けた国であり、今年の生産頭数がどうなるのか、スタッドブックから発表があるまで安心はできない。
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木下 昂也(Koya Kinoshita)
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