• 木下 昂也(Koya Kinoshita)

アルゼンチン・ダービーのサイン馬券:答えはディエゴ・マラドーナ

写真:El Turf

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 11月28日、アルゼンチンのパレルモ競馬場でGⅠナシオナル(アルゼンチン・ダービー)が行なわれた。コロナウイルスによる開催中止が長引いた影響もあり、出走11頭中重賞馬はゼロ、2勝以上馬もゼロ、5頭が未勝利での参戦という、史上稀に見る低レベルなダービーとなってしまった。


 勝利したのは、イークワルストライプス産駒の1番人気グレートエスケープ(Great Escape)。絶好の手ごたえで4コーナーを回ると、後続をグングンと引き離し、2着のシャルカン(Sharkan)に15馬身もの大差をつける圧勝をおさめた。重馬場の勝ちタイムは2分37秒78。グレートエスケープの鞍上を務めた29歳のフアン・クルス・ビジャグラ騎手は、これがダービー初制覇となった。レース後のインタビューでは、「大きなプレッシャーがあったが、チームが良い仕事をしてくれた。素晴らしい1年を過ごしている」と、涙ながらに答えた。また、同馬を管理するホルヘ・マヤンスキー・ニール調教師にとっては、2013年のコープタード(Cooptado)、2017年のローマンロッソ(Roman Rosso)に続いて3度目のダービー制覇となった。



 さて、ここで少しサイン馬券について触れたい。アメリカのマンハッタンで同時多発テロが起こった2001年の有馬記念の1,2着が、奇しくもマンハッタンカフェとアメリカンボスだったのはあまりにも有名である。最近では、イチローが引退した3日後に行なわれたGⅠ高松宮記念が話題になった。イチローの通算安打数4367にちなんで、④③⑥⑦の3連単ボックスを勝っていた人は大儲けしたことだろう。


 個人的には、サイン馬券は偶然の産物に過ぎないと思っている。無理やりこじつけることだって可能だろう。しかし、決して侮ることはできない、侮っていけない予想方法だとも思っている。血統だろうと馬体だろうと調教だろうとサインだろうと、結局は当たった人が正義なのだから。


 今回のアルゼンチン・ダービーにも重要なサインが隠されていた。


 11月25日、ディエゴ・マラドーナが心臓発作で亡くなった。パレルモ競馬場は世界的英雄の死を受け、急遽GⅠナシオル(アルゼンチン・ダービー)の名称を『ナシオナル ― ディエゴ・アルマンド・マラドーナ・カップ』に変更すると発表した。今年のアルゼンチン・ダービーはマラドーナに捧げられた。


 マラドーナは大の競馬好きで、馬主としても活動していた。1991年から2001年までに計13頭の競走馬を所有し、通算101戦18勝(GⅠ1勝、GⅢ1勝)という成績を残している。13頭のうち4頭が、今年のダービーを制したマヤンスキー・ニール調教師の管理馬だった。また、その4頭のうち1頭が、1997年11月18日にGⅠホアキン・V・ゴンサーレスを制し、マラドーナに悲願のGⅠタイトルをもたらしたディエゴール(Diegol)だったのである。


 マヤンスキー・ニール調教師とディエゴ・マラドーナは親しい友人だった。マラドーナの家族を競馬場に招待したことがあり、ディエゴール(Diegol)でGⅠを制した翌日には一緒にアサード(アルゼンチン式バーベキュー)を楽しんだ。加えて、マヤンスキー・ニール調教師の長男の名前はディエゴという。理由は言わずもがなである。「残り100mくらいのところで、もうこの世からいなくなってしまった人のことが頭をよぎった。水曜日、私はテレビで彼の訃報を知った。信じられない。いまだに信じられないんだ」レース後、マヤンスキー・ニール調教師は述べた。


 2020年のアルゼンチン・ダービー、改め、ディエゴ・アルマンド・マラドーナ・カップを制したのは、マラドーナの古い友人であり、彼にGⅠをプレゼントし、自分の息子にディエゴと名付けたホルヘ・マヤンスキー・ニール調教師だった。不思議な力を感じずにはいられない。


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木下 昂也(Koya Kinoshita)

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