• 木下 昂也(Koya Kinoshita)

ブラジル牝馬3冠の歴史

写真 : JOCKEY CLUB BRASILEIRO

https://www.jcb.com.br/home/noticias/284847/invicta-e-candidata-a-coroa-janelle-monae-e-a-gloria-do-gp-diana-g1/



 3月14日、ブラジルのガヴェア競馬場で行なわれたGⅠヂアナをアグネスゴールド産駒のジャネールモネイ(Janelle Monae)が優勝し、無敗の牝馬2冠に輝いた。4月11日に同競馬場の芝2400mで行なわれるGⅠゼリア・ゴンザーガ・ペイショット・ヂ・カストロを制すれば、ブラジル競馬史上6頭目の牝馬3冠、あるいは、23年ぶり史上2頭目の無敗の牝馬3冠達成となる。


 3冠目までまだ1ヶ月も残っている。だが、何事にも予習は大切だ。今からブラジル牝馬3冠の歴史を振り返っておけば、期待がもっともっと膨らむだろう。



ブラジル牝馬3冠競走


 ブラジル3冠と言っても、ブラジル競馬には2つの3冠競走がある。リオ・デ・ジャネイロにあるガヴェア競馬場の3冠競走と、サンパウロにあるシダーヂ・ジャルディン競馬場の3冠競走である。一般的にブラジル3冠という場合、ブラジル・ジョッキークラブの管轄であるガヴェア競馬場の3冠競走を示すことが多い。したがって、本記事における『ブラジル3冠』は、ガヴェア競馬場3冠、もしくは、リオ・デ・ジャネイロ3冠を意味することに留意してほしい。


 ブラジル牝馬3冠は、1冠目が1000ギニーにあたるエンヒキ・ポソーロ(芝1600m)、2冠目がオークスにあたるヂアナ(芝2000m)、3冠目がゼリア・ゴンザーガ・ペイショット・ヂ・カストロ(芝2400m)である。以前は、3冠目がマルシアーノ・ヂ・アギアール・モレイラというGⅠ競走だったが、現在は11月末にガヴェア競馬場の芝2000mで行なわれる3歳以上牝馬限定のGⅡ競走となっている。



1991年 インディアンクリス(Indian Chris)


 初めてブラジル牝馬3冠を達成したのは、1991年のインディアンクリスである。インディアンクリスは父ガディール、母父ヴァルトマイスターという血統で、ブラジルの名門牧場ファゼンダ・モンデシールで産まれた。


 1990年6月23日にガヴェア競馬場の芝1500mでデビューすると、3連勝で2歳牝馬GⅠホシャ・ファリアを優勝した。10月21日にサンパウロのオークスにあたるGⅠヂアナに出走したが、ここで6着と敗れて1990年を終える。翌91年は1冠目エンヒキ・ポソーロから始動すると、4月28日のヂアナ、6月16日のマルシアーノ・ヂ・アギアール・モレイラを制し、ブラジル競馬史上初の牝馬3冠を達成した。


 8月4日にブラジル最大のGⅠ競走ブラジル(芝2400m)で2着に入ると、インディアンクリスはアメリカに移籍した。1992年2月14日のコミッサリーHでアメリカ・デビューを果たすと、4月19日にGⅢコートネス・フェイガーHを優勝した。アメリカでは19戦してこの1勝のみだったが、重賞競走に数多く出走し、ほとんど掲示板に載る堅実な走りを披露した。


 1993年7月14日のレースを最後に引退すると、母国ブラジルに戻って繁殖牝馬となった。12頭の産駒を残したが、残念ながら活躍馬を輩出することはできなかった。


■ 1991年 エンヒキ・ポソーロ



1998年 ヴィルジニー(Virginie)


 唯一無敗で牝馬3冠を達成したのが、父にリーガルケースを、母にミスティームーンを持つヴィルジニーである。1997年4月20日のデビュー戦から7連勝、重賞6連勝で1998年4月12日のマルシアーノ・ヂ・アギアール・モレイラまで制した。


 ヴィルジニーの活躍はブラジル国内に留まらなかった。1999年にアメリカへ移籍すると、3月13日のサンタアニタ競馬場でのデビュー戦を快勝した。4月17日のGⅡサンタ・バーバラHでトランクウィリティーレイク(Tranquility Lake)の2着に敗れ、ブラジル時代からの連勝は8でストップしたが、7月3日のGⅠビヴァリー・ヒルズHで、見事にアメリカGⅠを勝利した。


 怪我のため2000年3月26日のGⅡサンタ・アナH2着を最後に現役を引退し、アメリカで繁殖入りした。アメリカで2頭の産駒を残すと、2004年に中村伊三美氏に購入され、ジャイアンツコーズウェイとの仔を受胎して日本に輸入された。これで産まれたのがレディカーニバルである。主にケイアイファームで繋養されて9頭の産駒を残し、2015年2月20日に供用停止となった。


■ 1998年 ヂアナ



2000年 ビーフェアー(Be Fair)


 3頭目の牝馬3冠馬、かつ、20世紀最後の牝馬3冠馬はビーフェアーである。この馬の父はファストゴールド、母はミスティームーン。つまり、ヴィルジニーの半妹にあたる。


 1999年7月17日にガヴェア競馬場の芝1300mでデビュー勝ちをおさめたものの、それから3戦は9着、2着、13着と振るわず。しかし、11月20日に行なわれたGⅢマリアーノ・プロコピオでの勝利を機に、良血が開花した。翌年2月13日のエンヒキ・ポソーロ、3月12日のヂアナ、4月9日のマルシアーノ・ヂ・アギアール・モレイラを優勝し、ヴィルジニーとの姉妹牝馬3冠という偉業を成し遂げた。3冠達成後はブラジルのダービーにあたるGⅠクルゼイロ・ド・スル(芝2400m)に出走し、牡馬相手に2着と好走した。


 ダービー後はアメリカに移籍した。2001年にアメリカ・デビューを飾ったが、2戦して1度も勝つことなく現役を引退した。アメリカで3頭の産駒を産んだ後、日本の下河辺牧場に購入され、2019年まで繁殖牝馬として活躍した。2019年3月11日にスウィングフィールド牧場で産まれたアポロブルーアイ(父アポロソニック)が最後の産駒となる。


■ 2000年 マルシアーノ・ヂ・アギアール・モレイラ



2012年 オールドチューン(Old Tune)


 ここまで比較的短いスパンで3冠牝馬が誕生したが、21世紀最初の3冠馬が生まれるまで12年の歳月を要した。4頭目の3冠馬となったのが、ワイルドイヴェント産駒のオールドチューンである。


 初勝利をあげるまでに3戦を要したが、5戦目の2歳牝馬GⅠマルガリーダ・ポラーク・ララを優勝し、一躍世代の主役に踊り出た。しかし、サンパウロ牝馬1冠目のGⅠバラン・ヂ・ピラシカーバ、2冠目のGⅠエンヒキ・ヂ・トレード・ララ、3冠目のGⅠヂアナでそれぞれ4着、5着、12着と期待を裏切った。結局、2011年はわずか2勝に終わった。


 翌年は3冠競走の前哨戦であるGⅢホジェール・グエドンで始動すると、これに勝利して復調した。勢いそのままに、2月12日のエンヒキ・ポソーロ、3月11日のヂアナ、4月15日のゼリア・ゴンザーガ・ペイショット・ヂ・カストロを制し、史上4頭目の牝馬3冠に輝いた。


 前述の3頭と同じく、オールドチューンも3冠達成後にアメリカに移籍し、エンデヴァーS、ヒルズボロSとGⅢ競走を2勝した。アメリカ4戦目となった2013年5月18日のGⅢギャロレットHで8着を最後に現役を引退し、繁殖牝馬となった。しかし、2014年5月に心臓発作で亡くなった。


■ 2012年 ゼリア・ゴンザーガ・ペイショット・ヂ・カストロ



2017年 ノーリグレッツ(No Regrets)


 直近の牝馬3冠馬は4年前に誕生した。ドシ・ヴァリ牧場で産まれたフルーキ産駒のノーリグレッツである。


 2016年3月26日にガヴェア競馬場の芝1400mでデビュー勝ちをおさめると、11月5日にはGⅢマリアーノ・プロコピオを勝利した。翌年は前哨戦を挟まずにぶっつけでエンヒキ・ポソーロに出走して優勝。3月12日のヂアナ、4月9日のゼリア・ゴンザーガ・ペイショット・ヂ・カストロも制し、史上5頭目の牝馬3冠に輝いた。


 ノーリグレッツはアメリカに移籍せず、ブラジルで競走生活を続けた。6月11日、GⅠブラジルに出走したが、古馬と牡馬の壁に阻まれて9着に敗れた。8月5日のGⅠマチアス・マッハライン3着を最後に競走生活から退き繁殖入り。2020年8月11日にヴェラッツァーノとの初仔が誕生した。


■ 2017年 ヂアナ