• 木下 昂也(Koya Kinoshita)

マットボーイ:FBIに狙われた馬

この記事は、アルゼンチンの日刊紙 La Nación に掲載された"La hazaña del caballo argentino que movilizó hasta al FBI porque los norteamericanos no podían creer que les hubiera ganado"を翻訳・改編したものになります。

最終閲覧日:2021年3月26日



 1984年2月21日、マイアミにあるハイアリアパーク競馬場の馬房の1つは笑顔と音楽、マテ茶の香りと新たな夢に満ちていた。アルゼンチン国内では敵なしだった名馬マットボーイ(Mat-Boy)が、3日前にアメリカのGⅠ競走を圧勝し、世界的なスターにのし上がったからである。しかし、FBI捜査官の到着によって、その場の雰囲気は一変した。


 マットボーイは、1979年8月2日にアルゼンチンのパルケ牧場で産まれた。父マトゥン、母父パスティーシュという血統。1983年3月13日にアルゼンチンのパレルモ競馬場で行なわれたGⅠコンパラシオン(ダート2500m)を10馬身差で優勝すると、4月10日のGⅠレプブリカ・アルヘンティーナ(ダート2500m)を13馬身差、8月7日のGⅡチャカブーコを17馬身差と、驚異的な強さを見せつけた。国内最終戦となったGⅠデ・オノール(ダート3000m)では、なんと2着に28馬身もの大差をつける圧勝をおさめた。その年のアルゼンチン年度代表馬と最優秀長距離馬に選出され、翌年から活躍の場をアメリカに移すことになった。



■ マットボーイのアルゼンチン時代の成績



 アメリカ・デビュー戦として選ばれたのは、1984年2月18日にハイアリアパーク競馬場で行なわれたGⅠワイドナー・ハンディキャップである。アルゼンチン時代の圧勝劇にもかかわらず、マットボーイは格下に見られていた。騎手、調教師、厩務員、いずれもアルゼンチン時代と同じ布陣でやって来た馬が、どうやってアメリカの馬に勝てるというのかと。しかし、マットボーイはワイドナーHを快勝しただけでなく、ダート2000mのレコードに近いタイムで駆け抜けた。



■ GⅠワイドナーH



 アメリカ人は結果を受け入れられなかった。そのため、何者かによる告発があった。主戦騎手のホルヘ・バルディビエーソ、厩務員のペドロ・クルスとカルロス・バーニが馬の世話をしていると、突然、捜査官の一団が現れた。「映画でFBI捜査官が現れるのを見たときと同じだった。彼らはバッジを示し、1人1人の身長が2mもありそうだった。武器を見せられなくても、わたしたちは恐怖に苛まれた」と、バルディビエーソは振り返った。当時、彼はまだ騎手7年目の26歳だった。


 まもなく、辺りは静寂と緊張に支配された。制服の男たちはマットボーイ陣営を隅々まで調べた。その間、バルディビエーソたちは硬直しているしかなかった。時間は遅々として進まなかった。ようやく通訳から説明があった。匿名の情報提供者からドーピング違反の通報があった。アルゼンチン人調教師が管理し、アルゼンチン人騎手が乗るアルゼンチン産馬が、アメリカのGⅠ競走をそんなに楽々と勝つなんて不可能であると。アメリカの競馬関係者にとって、マットボーイの走りはあまりにも不可解だったため、彼らは不正を疑ったのである。


 結局、捜査官たちは証拠となりそうな物を発見できなった。検査を受けたマットボーイからも禁止薬物の反応は出なかった。まったくの濡れ衣だった。マットボーイは3月24日のGⅠガルフストリームパーク・ハンディキャップに出走し、ここでも12馬身差、しかも、レコード・タイムのおまけ付きで実力の違いを見せつけた。



■ GⅠガルフストリームパークH



 しかし、これが最後の勝利となった。レース後、マットボーイは疾患や熱発に悩まされた。体調が整わず、4月21日のGⅠパン・アメリカン・ハンディキャップで9着に敗れたのを最後に現役を引退した。アルゼンチンでは10戦7勝(GⅠ3勝)、アメリカでは3戦2勝(GⅠ2勝)という成績を残した。


 引退後、マットボーイは種牡馬としてアルゼンチンに戻った。今は解散したラ・ビスナーガ牧場で繋養され、1999年まで種牡馬として供用された。アルゼンチン・スタッドブックによると、出走した462頭の産駒のうち310頭が勝ち上がり、通算668勝。GⅠ馬も8頭輩出し、計9勝した。2007年、28歳でこの世を去った。奇しくも、主戦を務めていたホルヘ・バルディビエーソも同じ年に騎手を引退した。


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木下 昂也(Koya Kinoshita)

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