• 木下 昂也(Koya Kinoshita)

偉大なる女性騎手の継承者:マリーア・ルハン・アスコニガ

写真 : La Nación

https://www.lanacion.com.ar/deportes/turf/lujan-asconiga-tuvo-ganar-120-carreras-haya-nid2274936



 アルゼンチンには2人の偉大な女性騎手がいる。1人は、1978年にテレスコーピコ号でアルゼンチン4冠を達成した伝説の女性騎手マリーナ・レスカーノ。もう1人は、そのレスカーノが成し遂げた通算611勝を更新してアルゼンチン女性騎手最多勝利記録を持っているルクレシア・カラバハルである。この2人の女性騎手の偉業に迫ることは極めて困難に思われていた。しかし、現在アルゼンチンには3人目になれるのではないかと期待されている女性騎手がいる。彼女の名をマリーア・ルハン・アスコニガ(María Luján Ascóniga)という。


 アスコニガは1993年、アルゼンチンのブエノスアイレス州にあるベリッソという町で生まれた。家族で競馬の騎手になった者はいないが、父のエドゥアルドがヒネテアーダ(馬に乗って行なうアルゼンチン伝統のロデオ競技)の騎手を務めており、乗馬用の馬を所有していた。そのため、馬は幼い頃から彼女にとって身近な存在であった。両親に連れられて競馬場を訪れたとき、彼女は競馬の騎手になる決意をした。


 2011年に高校を卒業すると、大学で獣医学を専攻する道もあったが、アスコニガはラ・プラタ競馬場の競馬学校に入学した。そこで騎乗の基礎を学ぶと、2013年からサン・イシドロ競馬場の競馬学校に移った。ラ・プラタよりもサン・イシドロのほうが、ラス・フローレス競馬場、コンコルディア競馬場、タンディル競馬場、アスール競馬場、ドロール競馬場といった地方競馬場で騎乗するチャンスを多く得られるからである。


 見習い騎手としてのデビューは2014年3月30日。ブエノスアイレス州南東部の都市タンディルにあるタンディル競馬場5Rのダート1000m戦だった。ちなみに、タンディルは2009年にテニスの全米オープンを優勝したデル・ポトロの出身地である。このレースでカリグ号(Carigu)に騎乗し、結果は12着だった。


 2015年10月22日には、ルルフィズ号(Lulu Fizz)でラ・プラタ競馬場16Rのダート1000mに挑んだ。1着馬から11馬身離された5着に敗れたが、これがアスコニガにとって主要競馬場初騎乗となった。

※主要競馬場=パレルモ競馬場、サン・イシドロ競馬場、ラ・プラタ競馬場


 2016年1月6日、初勝利を目指して奮闘していた彼女に突然の悲劇が襲う。サン・イシドロ競馬場11Rでバスメール号(Basse Mer)に騎乗したアスコニガは、スタートしてまもなく馬が躓いて落馬し、右足首と左膝を骨折する重傷を負った。2度の手術を強いられる大怪我であり、復帰できたのは半年後の6月28日だった。


◆ 5番。落馬して前方に放り出されるアスコニガ騎手(0:17)。



 待望の初勝利は同じ年の10月17日に訪れた。パレルモ競馬場12Rのダート1400m戦でアレグラテ号(Alégrate)に騎乗し、道中は前と離れた後方を進みながら、直線で最内を抜け出す鮮やかなパフォーマンスを披露した。


◆ 9番。アスコニガ騎手の初勝利。



 初勝利をきっかけにアスコニガの躍進が始まる。2017年には601回騎乗して50勝、2018年には513回騎乗して38勝という成績を残した。42勝をあげた2019年は彼女にとって最良の1年となった。


 2019年7月30日、アスコニガはラ・プラタ競馬場3Rをレッドフォードシー号(Redford Sea)で勝利し、通算120勝目をあげた。120勝というのはアルゼンチンでは減量特典がなくなる勝利数、つまり、見習い騎手の卒業要件である。彼女は晴れてプロの騎手と認められた。女性がプロ騎手になるのは、2002年にアンドレア・マリーニャスが達成して以来17年ぶりの快挙である。


◆ 6番。このレースを勝って通算120勝を達成した



 プロ騎手としての成功するのに時間はかからなかった。同年11月19日、アスコニガはアティーコライ号(Atiko Rye)に騎乗して、ラ・プラタ競馬場のダート1600mで行なわれるGⅠホアキン・V・ゴンサーレスに出走した。アティーコライは先行して直線でしぶとく粘ったが、結果は2着だった。しかし、レースから1ヶ月後、1着入線のクラシックライ号(Clasicc Rye)が禁止薬物ベタメタゾンの使用によって失格となり、2着入線のアティーコライが繰り上がりで1着と認められた。26歳のアスコニガにとって初めてのGⅠ勝利である。


「わたしが勝者になったと知ってとても嬉しい。信じられない。しかし、ウィナーズサークルで祝うことも記念撮影もできなかったのは残念である。望んでいた形での優勝ではなかったが、GⅠ競走に勝つという夢が叶った」


◆ 6番。ピンクの帽子にピンクの勝負服がアティーコライ。


◆ 優勝トロフィーが贈られたのはレースから2ヶ月後だった。



 2021年1月18日時点で、アスコニガの通算成績は1770戦137勝(GⅠ1勝)となっている。昨年は新型コロナウイルスの影響でアルゼンチン競馬の開催が激減し、4勝しかあげられなかったが、まだ27歳と若い。カラバハルの持つ612勝という女性騎手最多勝利記録を抜くことは充分に可能であり、レスカーノのように数々のビッグレースを制する機会も多く訪れるだろう。


 マリーア・ルハン・アスコニガは謙虚に語る。

「わたしが競馬界で活躍した女性騎手たちのような活躍をするには、まだ足りないことがたくさんある。もっと努力をして、1日1日を大切に過ごしたい」



※ 追記(2021年2月16日)


 アスコニガ騎手の一問一答インタビューが Don Guima というエージェントの方のサイト(http://www.donguima.com/448438477)に掲載されていたので追記しました。


― 神を信じるか、それとも運を信じるか?


 神を信じている。去年、わたしは騎手を辞める寸前だった。馬の仕事をしても、新型コロナウイルスのせいで充分な収入を得られなかった。加えて、レースでの事故で指を骨折した。あらゆる状況が困難だった。他の仕事を探そうとまで考えていた。そんなところに今回のチャンスが巡ってきた。真っ先に母親に報告すると、「神があなたにまだ鞭を置いてほしくない、走り続けてほしいと望んでいる」と言われた。


― 参加する13人の騎手の中で、誰と首の上げ下げをやってみたいか?


 全員素晴らしい騎手なので誰とでも競いたい。しかし、1人だけ選ぶとしたらイギリスのホリー・ドイル騎手。以前から注目しているし、とても尊敬している。


― 今回の招待を受ける以前にアラブ地域や文化について何か知っていたか?


 アラビア圏の文化には常に興味があった。小さいころからそこで走って勝つのが夢だったし、民族衣装を来た方々に囲まれて記念撮影をしたいと思っていた。


― スーツケースにはまず何を詰めた?


 騎乗に必要なもの。それから洋服。


― 飛行機では通路側か窓側か? 鶏肉かパスタか? コーラかビールか?


 窓側に座りたい。頼むのはパスタ。コーラもビールもあまり好きではないので、味つきの水か普通の水がいい。


― もし勝利したらデットーリみたいにジャンプする?


 勝てたら幸せのあまり泣くだろう。デットーリ・ジャンプはやらない。


― 言語についてはどうだろうか?


 まずまずといったところ。招待が決まってから少しずつ英語を勉強し始めた。しかし、出たとこ勝負になるだろう。


― 出場者の中では勝利数が少ないほうだが、そのことは気にしているか?


 たしかに勝ち星は少ないが、劣等感は覚えていない。騎手を始めたとき、「ゲートに入ったら、最高の騎手はあなたであり、最高の馬はあなたが乗っている馬だと思いなさい」と言われた。その言葉を胸に刻んでいるし、良い教訓になっている。アルゼンチンでは素晴らしい騎手と競っており、それが自信に繋がっている。


― 一緒に写真を撮りたい騎手はいるか?


 今回のトーナメントには参加していないが、デットーリと撮りたい。彼はわたしのアイドルだから。



【参考】 "Luján Asconiga tuvo que ganar 120 carreras para que haya otra jocketa después de 17 años"