• 木下 昂也(Koya Kinoshita)

南米最高の騎手の1人エドゥアルド・ハラが91歳で死去


写真:Ignacio Correas(@IgnacioCorreashttps://twitter.com/IgnacioCorreas/status/1428733625781170180

 1950年から80年代にかけて南米競馬を彩ったエドゥアルド・ハラ元騎手が、19日に居住地であるアメリカ・ニューヨークで亡くなったことが分かった。91歳だった。ハラ騎手の甥であるルベン・セガート氏が発表した。


 エドゥアルド・ハラは1930年7月7日にチリで生まれた。父親のビクトルと兄のビクトル・セグンドも騎手という競馬一家であり、自身も1947年1月初旬から騎手として活動を始めた。しかし、チリではなかなか騎乗機会に恵まれなかったため、1949年2月からベネズエラに拠点を移した。ベネズエラでは約8年乗り、およそ250勝をあげた。


 1958年からは拠点をアルゼンチンに移した。ここからがエドゥアルド・ハラの本領発揮だった。アルゼンチン・リーディングには1963,64,65,69,70 73年と計6回輝き、通算2500勝以上をあげた。アルゼンチンのダービーにあたるGⅠナシオナルは1969年のプラクティカンテ(Practicante)、1980年のプレテンシオーソ(Pretencioso)と2勝、南米最大のGⅠ競走であるカルロス・ペジェグリーニも1960年のアトラス(Atlas)、1969年のプラクティカンテと2勝した。活躍が認められ、アメリカ、ペルー、ブラジル、ウルグアイ、南アフリカなど海外でも騎乗機会に恵まれ、勝利をおさめた。


 1986年に身体の衰えを理由に騎手を引退した。引退後はアメリカで暮らし、アンヘル・ペナ調教師やウィリアム・モット調教師の下でホットウォーカーをしていた。


■ 1980年GⅠナシオナル - プレテンシオーソ(Pretencioso)



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木下 昂也(Koya Kinoshita)

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