• 木下 昂也(Koya Kinoshita)

南米競馬レポート 2020

◆ コロナ禍における競馬開催


 Covid-19がアジアを中心に蔓延し始めた当初、南米ではこの新種のウイルスが対岸の火事のようにとらえられていた。アジア圏への渡航が控えられるだけでなく、アジア人はまるで病原菌のように扱われ差別の対象にされたというのは、メディアの報道で知っている方も多いだろう。実際、アメリカに住んでいるベネズエラ人の元騎手は自身のツイッターで、「爆弾を持ったアラブ人よりも、咳をしているアジア人のほうが恐ろしい」と呟いた(当該ツイートは削除済み)。だが、現状の感染状況を見れば、それがまったくの油断だったことが明らかである。2020年12月末時点における南米諸国の死者数は、ブラジルで19万人、アルゼンチンで4万3000人、ペルーで3万6000人、チリで1万6000人、ウルグアイで150人となっている。対岸の火事の火の粉が地球の裏側まで飛び、いまやどちらが火元なのか分からないほどの大炎上となっている。


 競馬開催は新型コロナウイルスの影響を逃れられなかった。2020年の南米競馬は主に2つの時期に分けられる。『ラティーノアメリカーノ前』と『ラティーノアメリカーノ後』である。毎年3月に各国の競馬場で持ち回り開催されるGⅠラティーノアメリカーノは、南米各国が代表馬を選出して競う、いわば競馬の南米選手権である。2020年は3月14日にアルゼンチンのサン・イシドロ競馬場で行なわれたが、新型コロナウイルス感染防止のため、1981年から始まった同レース史上初の無観客開催となった。ラティーノアメリカーノを境に、南米の競馬は中断を余儀なくされた。


☟無観客で開催されたGⅠラティーノアメリカーノ



 ブラジルは南米諸国の中でもっとも早く競馬を再開した国である。とはいえ、これはブラジル競馬界が新型コロナウイルスに対して迅速に対処した結果というわけではなく、日本でも広く報じられたように、ブラジル政府の放置政策のおかげと言わざるを得ない。サンパウロにあるシダーヂ・ジャルディン競馬場は、政府からの中断勧告がないのをいいことに、一度も中断することなく無観客で開催を続けた。リオデジャネイロのガヴェア競馬場は、リオデジャネイロ州の判断により3月10日の開催をもって開催を中断したが、充分な感染対策を講じたとみなされて5月3日には無観客で再開している。毎年4月に行なわれるGⅠクルゼイロ・ド・スル(ブラジル・ダービー)や、6月に行なわれる同国最大のGⅠ競走ブラジルが出走条件を3歳以上から4歳以上に変えて9月末に順延となるなど、大幅な日程変更を強いられはしたものの、1年を通じて安定した競馬開催を維持できた。政府の超消極策は社会に大混乱を与えたが、幸運にも競馬はその恩恵を受けた。


 一方、ウルグアイは国をあげての徹底した感染防止措置によって早期の競馬再開を実現した。ウルグアイ競馬は3月13日のマローニャス競馬場開催をもって、政府によるスポーツイベントの中止命令によって中断を強いられた。しかし、競馬界は早期再開に向けて動き出し、4月半ばには競馬場内での感染防止計画を政府に提出し、5月に承認された。5月8日には騎手・調教師を含むすべての競馬関係者に対してPCR検査が行なわれ、無事に全員の陰性が確認されると、無観客開催と電話・インターネット投票のみという制限つきではあるが、5月16日にマローニャス競馬場で競馬が再開された。ウルグアイで最初に再開されたスポーツが、サッカーでもテニスでもなく競馬だったのは驚きである。ウルグアイ競馬は中断分の日程を無理やり他開催に組みこむことはせず、そのまま中止の判断を下し、当初の日程を消化した。ここまで競馬関係者の感染者はゼロである。


☟PCR検査を受けるウルグアイの騎手



 ブラジルとウルグアイが上中下の「上」評価だとしたら――日本は「上」どころか「特上」であることを忘れてはならない――、ペルーとベネズエラは「中」評価と言えるだろう。ペルー競馬は3月15日のモンテリーコ競馬場開催を最後に中断期間に入ったが、7月3日に再開している。だが、GⅠジョッキークルブ・デル・ペルーと、牝馬GⅠパンプローナという、ペルーに2つしかない3歳以上のGⅠ競走が中止になってしまった。ベネズエラは6月21日にラ・リンコナーダ競馬場でレースを再開させた。例年は6月から7月にかけて行なわれる3冠競走が9月以降に延期となってしまったが、そのおかげでベネズエラには10年ぶりの3冠馬が誕生した。


 南米だけではなく、世界中の競馬を見渡しても最悪の影響を受けたのが、チリとアルゼンチンである。チリ競馬では、バルパライソ競馬場が3月18日の、サンティアゴ競馬場が3月20日の、チレ競馬場が3月21日の開催をもって、それぞれ中断に追いこまれた。しかし、再開への道は早くから敷かれていた。5月には各競馬場が、マスク着用の義務化やジョッキールームの配置を変えて密を避けるといった感染防止策を政府に提出し、チリ保健省から発令されたスポーツイベントの禁止が解除され次第、再開にゴーサインが出されることとなった。実際、5月21日にはバルパライソ競馬場が関係者以外立ち入り禁止という条件で再開している。だが、国内の感染状況が日に日に悪化していったことで、再開の話は立ち消えになった。一度は再開したバルパライソ競馬場も、6月12日の開催をもって再び中断となった。競馬活動にトドメを刺されたのが、7月10日にチレ競馬場で発生したクラスターである。競馬場関係者250名にPCR検査を実施したところ、45名から新型コロナウイルスの陽性反応が出た。また、サンティアゴ競馬場でも224名中4名の陽性反応が出た。これにより、競馬場は7月いっぱいまで閉鎖されることになった。チリで競馬が再開したのは、サンティアゴ競馬場が8月17日、チレ競馬場が8月29日、バルパライソ競馬場が8月30日である。3月から約5ヶ月間におよぶ中断は、2010年2月27日に発生したチリ地震による中断よりもはるかに長いものだった。


 アルゼンチンでは、パレルモ競馬場が3月13日の開催をもって中断、サン・イシドロ競馬場はGⅠラティーノアメリカーノの開催があった3月14日をもって中断。そして、ラ・プラタ競馬場が3月17日の開催をもって中断したことにより、競馬が完全にストップした。当初は5月には再開できるのではないかという噂があった。しかし、アルベルト・フェルナンデス大統領が5月中にサッカーを再開することはないと発言したことから、競馬が5月中に再開する可能性も完全に絶たれた。5月18日にはサン・イシドロ競馬場の工事関係者から新型コロナウイルスの陽性反応が出ている。近隣諸国が再開、もしくは再開の兆しを見せている一方、アルゼンチンではいっこうに目途が立たなかった。競馬はスポーツであり娯楽であるが、関係者からしたら産業であり、雇用であり、仕事である。そのため、競馬場の周辺では仕事の機会を奪われた競馬関係者が早期再開を訴えるデモを頻繁に行ない、また、アルゼンチン馬獣医協会も競馬産業の存続を危惧する声明を発表した。アルゼンチン競馬は管理・運営体制の不備や、賞金の未払いといった恒常的な問題を抱えており、毎年のように何かしらの揉め事が発生する。そのような脆弱な基盤では、新型コロナウイルスという未曽有の危機を乗り越えるのは土台無理な話であった。7月末になってトゥクマン競馬場とアスール競馬場というブエノスアイレス州外の、いわゆる地方競馬場が無観客で再開した。が、それもすぐに中止に追いこまれた。結局、政府は8月末までいっさいの競馬活動を行なわないことを正式に宣言した。ようやくパレルモ競馬場が再開したのは8月28日である。ラ・プラタ競馬場が再開したのはそれから1ヶ月後の10月1日、サン・イシドロ競馬場は10月2日まで再開できなかった。南米競馬の盟主であるアルゼンチンが半年以上も競馬を中断せざるをえなかったとは、競馬レベルだけでなく国レベルで管理・運営体制が不安定であることを露呈した。


☟デモ行進をするアルゼンチンの競馬関係者



 中米地域の開催状況も触れておく。プエルトリコのカマレーロ競馬場は、3月30日まで無観客で開催を続けていたがその後中断し、6月5日に再開した。ドミニカのキント・センテナリオ競馬場は3月17日に中断し、8月17日に再開した。グアテマラは9月まで再開できなった。同国では競馬場への立ち入りを完全に禁止されたため、競走馬の調教を空き地の一角で行なうという過酷な状況に直面した。メキシコのラス・アメリカス競馬場、パナマのプレシデンテ・レモン競馬場は3月に中断となり、再開したのは10月に入ってからである。7ヶ月の中断期間において、メキシコでも早期再開を求める抗議デモが発生している。


☟競馬場前の通りを封鎖して抗議デモを行うメキシコの競馬関係者



 中米競馬にとってもっとも痛手だったのは、毎年12月に中米諸国の代表馬が競い合う中米最強馬決定戦『カリビアン・シリーズ』が中止となったことだろう。2020年はプエルトリコのカマレーロ競馬場で開催予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大と、それに伴う改修工事の遅れによって同国が開催を返上した。ベネズエラのラ・リンコナーダ競馬場や、昨年まで開催していたアメリカのガルフストリームパーク競馬場が代替地の候補に挙がったが、いずれも新型コロナウイルスにより断念、カリブ競馬協会は2020年の開催を中止すると発表した。中米調教馬にとっての最大目標を失ったことで、多くの競馬関係者が落胆した。


 12月17日に開かれた南米競馬機構(OSAF)の総会によると、2020年は加盟国(アルゼンチン、ブラジル、チリ、コロンビア、エクアドル、メキシコ、パナマ、パラグアイ、ペルー、ウルグアイ)で約1万7000競走が行なわれる予定だったが、そのうち40%が中止に追いこまれた。もっとも深刻な打撃を受けたのはアルゼンチンとチリで、アルゼンチンでは78競走、チリでは24競走もの重賞が中止となった。また総会では、来年3月にペルーのモンテリーコ競馬場で開催予定だったGⅠラティーノアメリカーノが、新型コロナウイルスの終息が期待できないとして10月に延期することが決まり、開催地もウルグアイのマローニャス競馬場に変更となった。


 開催が長期間ストップしたのは不運だったが、怪我の功名がなかったわけではない。それはインターネット投票が整備されたことである。チリ、ウルグアイ、ブラジルではすでにネット投票のシステムがあったが、それを大々的に宣伝することで、無観客開催でも悪くない収益をあげることができた。従来アルゼンチンでは窓口と電話でしか馬券の購入をできなかったが、競馬場も場外馬券売り場も閉鎖されていることを考慮し、パレルモ競馬場は11月2日に BETURF というインターネット投票のプラットフォームを立ち上げた。開始からわずか2ヶ月で、総売上の10%がBETURFからの投票という良好な結果が出ている。現在はブエノスアイレス州の居住者のみの購入に限られているが、今後はアルゼンチン全土に広げていく方針である。


 無観客開催ではあるが、南米競馬は徐々に正常に戻りつつあった。しかし、このところ雲行きが怪しくなっている。ウルグアイでは、11月まで2桁台に抑えていた感染者数が、12月に入って突如3桁台に、クリスマスでは700人を超えるという感染爆発に見舞われた。事態を重く見た政府は、すべてのスポーツイベントを3週間中止することを発表した。これにより、ウルグアイ競馬も12月20日のマローニャス競馬場をもって3週間の中断期間に入った。年明けの再開は1月14日のラス・ピエドラス競馬場からとなる。毎年1月6日に行なわれる同国最大のGⅠ競走ホセ・ペドロ・ラミーレスは1月17日に延期となった。南米の優等生ウルグアイが再中断を強いられたのだから、他の国もまだまだ予断を許さない状況である。


☟ウルグアイ国内における感染者数を表すグラフ



◆ 活発な移籍・売却


 2020年は南米のトップホースの海外移籍が活発だった。アルゼンチンからは、2019年の2冠馬で年度代表馬のミリニャーケ(Miriñaque)、2020年のダービー馬グレートエスケープ(Great Escape)、1000ギニー馬スコティッシュスター(Scotish Star)といったGⅠ馬に加え、重賞2勝のファンタシオーソ(Fantasioso)、2019年のオークス馬ナスティア(Nastia)の全弟にあたるニクソンジョイ(Nixon Joy)、GⅠエストレージャス・クラシックで1着入線(後にドーピングで失格)したキングスルー(King Slew)などがアメリカの地を踏んだ。


 チリからは2019年のオークス馬ブルック(Brooke)、ダービー3着でGⅡ勝ちの実績があるマスターピース(Master Piece)、牝馬GⅠを勝ったサネヌス(Sanenus)などがアメリカに移籍した。また、5戦5勝と無敗のGⅠ馬ブレークポイント(Break Point)、怪物ファーストコンスティテューション(First Constitution)、12月19日のGⅠセントレジャーを勝ったカソセラード(Caso Cerrado)といった3歳馬も、これからアメリカに移籍予定である。


 ブラジルからは2000ギニーを優勝したロイヤルシップ(Royal Ship)がアメリカに、2019年のサンパウロ・ダービー馬で南米最大のGⅠカルロス・ペジェグリーニの勝ち馬でもあるナオンダマイス(Não Dá Mais)がフランスに移籍した。ナオンダマイスは、ブラジル代表として出走したGⅠラティーノアメリカーノ後もアルゼンチンに留まり、同国のビッグレースに参戦する予定だった。しかし、新型コロナウイルスによってレース再開の目途が立たないことから、予定を変更してフランスのスマガ厩舎に移籍した。12月17日のドーヴィル競馬場7Rで欧州デビューを果たした(8着)。


 これらの馬は新型コロナウイルスの影響というよりは、南米で活躍した馬は海外に売却・移籍するという例年の流れに沿ったものである。だが、移籍時に新型コロナウイルスによる渡航制限の影響を受けてしまった馬がいたのは不憫だった。


 新型コロナウイルスによる開催中断のあおりをもっとも受けたのは牝馬である。たとえば、GⅡを4勝したアルゼンチンのバンハーラン(Babm Harlan)や、GⅡカルロス・トムキンソンの勝ち馬タッチザスカイ(Touch The Sky)、GⅡロス・クリアドーレスの勝ち馬アイラ(Ayra)、23戦18勝(GⅢ1勝)と大活躍していたチリのルビープリンセス(Ruby Princess)などは、レース再開の見込みがないことから、現役引退を前倒しして繁殖牝馬となった。


 走れる状態にある馬をレースに使えないのは、馬主をはじめとする関係者にとってまったく無駄なことである。賞金を稼ぐことはできず、維持・管理費だけがかさんでいく。したがって、多くの馬主が手持ちの牝馬をセールに出した。レースがないなら売却して少しでも稼ごうというのは、至極まっとうな考えである。そうして比較的安く売りに出された牝馬を良いも悪いも含めて買い漁ったのが、日本の生産者である。2020年はアルゼンチン牝馬の日本への輸入が特に多かった。2019年のアルゼンチン最優秀3歳牝馬ジョイカネーラ(Joy Canela)、GⅠエストレージャス・ディスタフでそのジョイカネーラを下したチタディリオ(Cita Di Río)、スプリント戦線の女王ウモラーダネグラ(Humorada Negra)、GⅡ4勝のスウィートマナ(Sweet Mana)、GⅡ2勝のバレンティーナポップ(Valentina Pop)、重賞2勝のムーンオブザシティー(Moon Of The City)、GⅠで連対のあるスターオーストラル(Star Austral)などがこれに該当する。これら牝馬はヨーロッパないしアメリカで種付けを行なってから来日する。


 新型コロナウイルスによって海外に流失したのは馬だけではない。人材もである。世界最多勝利騎手であるブラジル人のジョルジ・ヒカルド騎手は、これまでアルゼンチンを拠点に騎乗していたが、いっこうに競馬が再開されないため、母国ブラジルに帰国して騎乗することを決めた。9月25日にはガヴェア競馬場1Rをグロリオーサネグラ(Gloriosa Negra)で制し、通算1万3000勝という大記録を達成している。現在59歳のヒカルド騎手は、観客が競馬場に入場できるようになったらアルゼンチンに戻り、そこで長らくお世話になったアルゼンチン競馬に別れを告げ、引退までブラジルで騎乗するという計画を持っているそうである。


☟1万3000勝達成を報告するジョルジ・ヒカルド騎手