• 木下 昂也(Koya Kinoshita)

南米競馬レポート 2020

◆ コロナ禍における競馬開催


 Covid-19がアジアを中心に蔓延し始めた当初、南米ではこの新種のウイルスが対岸の火事のようにとらえられていた。アジア圏への渡航が控えられるだけでなく、アジア人はまるで病原菌のように扱われ差別の対象にされたというのは、メディアの報道で知っている方も多いだろう。実際、アメリカに住んでいるベネズエラ人の元騎手は自身のツイッターで、「爆弾を持ったアラブ人よりも、咳をしているアジア人のほうが恐ろしい」と呟いた(当該ツイートは削除済み)。だが、現状の感染状況を見れば、それがまったくの油断だったことが明らかである。2020年12月末時点における南米諸国の死者数は、ブラジルで19万人、アルゼンチンで4万3000人、ペルーで3万6000人、チリで1万6000人、ウルグアイで150人となっている。対岸の火事の火の粉が地球の裏側まで飛び、いまやどちらが火元なのか分からないほどの大炎上となっている。


 競馬開催は新型コロナウイルスの影響を逃れられなかった。2020年の南米競馬は主に2つの時期に分けられる。『ラティーノアメリカーノ前』と『ラティーノアメリカーノ後』である。毎年3月に各国の競馬場で持ち回り開催されるGⅠラティーノアメリカーノは、南米各国が代表馬を選出して競う、いわば競馬の南米選手権である。2020年は3月14日にアルゼンチンのサン・イシドロ競馬場で行なわれたが、新型コロナウイルス感染防止のため、1981年から始まった同レース史上初の無観客開催となった。ラティーノアメリカーノを境に、南米の競馬は中断を余儀なくされた。


☟無観客で開催されたGⅠラティーノアメリカーノ



 ブラジルは南米諸国の中でもっとも早く競馬を再開した国である。とはいえ、これはブラジル競馬界が新型コロナウイルスに対して迅速に対処した結果というわけではなく、日本でも広く報じられたように、ブラジル政府の放置政策のおかげと言わざるを得ない。サンパウロにあるシダーヂ・ジャルディン競馬場は、政府からの中断勧告がないのをいいことに、一度も中断することなく無観客で開催を続けた。リオデジャネイロのガヴェア競馬場は、リオデジャネイロ州の判断により3月10日の開催をもって開催を中断したが、充分な感染対策を講じたとみなされて5月3日には無観客で再開している。毎年4月に行なわれるGⅠクルゼイロ・ド・スル(ブラジル・ダービー)や、6月に行なわれる同国最大のGⅠ競走ブラジルが出走条件を3歳以上から4歳以上に変えて9月末に順延となるなど、大幅な日程変更を強いられはしたものの、1年を通じて安定した競馬開催を維持できた。政府の超消極策は社会に大混乱を与えたが、幸運にも競馬はその恩恵を受けた。


 一方、ウルグアイは国をあげての徹底した感染防止措置によって早期の競馬再開を実現した。ウルグアイ競馬は3月13日のマローニャス競馬場開催をもって、政府によるスポーツイベントの中止命令によって中断を強いられた。しかし、競馬界は早期再開に向けて動き出し、4月半ばには競馬場内での感染防止計画を政府に提出し、5月に承認された。5月8日には騎手・調教師を含むすべての競馬関係者に対してPCR検査が行なわれ、無事に全員の陰性が確認されると、無観客開催と電話・インターネット投票のみという制限つきではあるが、5月16日にマローニャス競馬場で競馬が再開された。ウルグアイで最初に再開されたスポーツが、サッカーでもテニスでもなく競馬だったのは驚きである。ウルグアイ競馬は中断分の日程を無理やり他開催に組みこむことはせず、そのまま中止の判断を下し、当初の日程を消化した。ここまで競馬関係者の感染者はゼロである。


☟PCR検査を受けるウルグアイの騎手



 ブラジルとウルグアイが上中下の「上」評価だとしたら――日本は「上」どころか「特上」であることを忘れてはならない――、ペルーとベネズエラは「中」評価と言えるだろう。ペルー競馬は3月15日のモンテリーコ競馬場開催を最後に中断期間に入ったが、7月3日に再開している。だが、GⅠジョッキークルブ・デル・ペルーと、牝馬GⅠパンプローナという、ペルーに2つしかない3歳以上のGⅠ競走が中止になってしまった。ベネズエラは6月21日にラ・リンコナーダ競馬場でレースを再開させた。例年は6月から7月にかけて行なわれる3冠競走が9月以降に延期となってしまったが、そのおかげでベネズエラには10年ぶりの3冠馬が誕生した。


 南米だけではなく、世界中の競馬を見渡しても最悪の影響を受けたのが、チリとアルゼンチンである。チリ競馬では、バルパライソ競馬場が3月18日の、サンティアゴ競馬場が3月20日の、チレ競馬場が3月21日の開催をもって、それぞれ中断に追いこまれた。しかし、再開への道は早くから敷かれていた。5月には各競馬場が、マスク着用の義務化やジョッキールームの配置を変えて密を避けるといった感染防止策を政府に提出し、チリ保健省から発令されたスポーツイベントの禁止が解除され次第、再開にゴーサインが出されることとなった。実際、5月21日にはバルパライソ競馬場が関係者以外立ち入り禁止という条件で再開している。だが、国内の感染状況が日に日に悪化していったことで、再開の話は立ち消えになった。一度は再開したバルパライソ競馬場も、6月12日の開催をもって再び中断となった。競馬活動にトドメを刺されたのが、7月10日にチレ競馬場で発生したクラスターである。競馬場関係者250名にPCR検査を実施したところ、45名から新型コロナウイルスの陽性反応が出た。また、サンティアゴ競馬場でも224名中4名の陽性反応が出た。これにより、競馬場は7月いっぱいまで閉鎖されることになった。チリで競馬が再開したのは、サンティアゴ競馬場が8月17日、チレ競馬場が8月29日、バルパライソ競馬場が8月30日である。3月から約5ヶ月間におよぶ中断は、2010年2月27日に発生したチリ地震による中断よりもはるかに長いものだった。


 アルゼンチンでは、パレルモ競馬場が3月13日の開催をもって中断、サン・イシドロ競馬場はGⅠラティーノアメリカーノの開催があった3月14日をもって中断。そして、ラ・プラタ競馬場が3月17日の開催をもって中断したことにより、競馬が完全にストップした。当初は5月には再開できるのではないかという噂があった。しかし、アルベルト・フェルナンデス大統領が5月中にサッカーを再開することはないと発言したことから、競馬が5月中に再開する可能性も完全に絶たれた。5月18日にはサン・イシドロ競馬場の工事関係者から新型コロナウイルスの陽性反応が出ている。近隣諸国が再開、もしくは再開の兆しを見せている一方、アルゼンチンではいっこうに目途が立たなかった。競馬はスポーツであり娯楽であるが、関係者からしたら産業であり、雇用であり、仕事である。そのため、競馬場の周辺では仕事の機会を奪われた競馬関係者が早期再開を訴えるデモを頻繁に行ない、また、アルゼンチン馬獣医協会も競馬産業の存続を危惧する声明を発表した。アルゼンチン競馬は管理・運営体制の不備や、賞金の未払いといった恒常的な問題を抱えており、毎年のように何かしらの揉め事が発生する。そのような脆弱な基盤では、新型コロナウイルスという未曽有の危機を乗り越えるのは土台無理な話であった。7月末になってトゥクマン競馬場とアスール競馬場というブエノスアイレス州外の、いわゆる地方競馬場が無観客で再開した。が、それもすぐに中止に追いこまれた。結局、政府は8月末までいっさいの競馬活動を行なわないことを正式に宣言した。ようやくパレルモ競馬場が再開したのは8月28日である。ラ・プラタ競馬場が再開したのはそれから1ヶ月後の10月1日、サン・イシドロ競馬場は10月2日まで再開できなかった。南米競馬の盟主であるアルゼンチンが半年以上も競馬を中断せざるをえなかったとは、競馬レベルだけでなく国レベルで管理・運営体制が不安定であることを露呈した。


☟デモ行進をするアルゼンチンの競馬関係者



 中米地域の開催状況も触れておく。プエルトリコのカマレーロ競馬場は、3月30日まで無観客で開催を続けていたがその後中断し、6月5日に再開した。ドミニカのキント・センテナリオ競馬場は3月17日に中断し、8月17日に再開した。グアテマラは9月まで再開できなった。同国では競馬場への立ち入りを完全に禁止されたため、競走馬の調教を空き地の一角で行なうという過酷な状況に直面した。メキシコのラス・アメリカス競馬場、パナマのプレシデンテ・レモン競馬場は3月に中断となり、再開したのは10月に入ってからである。7ヶ月の中断期間において、メキシコでも早期再開を求める抗議デモが発生している。


☟競馬場前の通りを封鎖して抗議デモを行うメキシコの競馬関係者



 中米競馬にとってもっとも痛手だったのは、毎年12月に中米諸国の代表馬が競い合う中米最強馬決定戦『カリビアン・シリーズ』が中止となったことだろう。2020年はプエルトリコのカマレーロ競馬場で開催予定だったが、新型コロナウイルスの感染拡大と、それに伴う改修工事の遅れによって同国が開催を返上した。ベネズエラのラ・リンコナーダ競馬場や、昨年まで開催していたアメリカのガルフストリームパーク競馬場が代替地の候補に挙がったが、いずれも新型コロナウイルスにより断念、カリブ競馬協会は2020年の開催を中止すると発表した。中米調教馬にとっての最大目標を失ったことで、多くの競馬関係者が落胆した。


 12月17日に開かれた南米競馬機構(OSAF)の総会によると、2020年は加盟国(アルゼンチン、ブラジル、チリ、コロンビア、エクアドル、メキシコ、パナマ、パラグアイ、ペルー、ウルグアイ)で約1万7000競走が行なわれる予定だったが、そのうち40%が中止に追いこまれた。もっとも深刻な打撃を受けたのはアルゼンチンとチリで、アルゼンチンでは78競走、チリでは24競走もの重賞が中止となった。また総会では、来年3月にペルーのモンテリーコ競馬場で開催予定だったGⅠラティーノアメリカーノが、新型コロナウイルスの終息が期待できないとして10月に延期することが決まり、開催地もウルグアイのマローニャス競馬場に変更となった。


 開催が長期間ストップしたのは不運だったが、怪我の功名がなかったわけではない。それはインターネット投票が整備されたことである。チリ、ウルグアイ、ブラジルではすでにネット投票のシステムがあったが、それを大々的に宣伝することで、無観客開催でも悪くない収益をあげることができた。従来アルゼンチンでは窓口と電話でしか馬券の購入をできなかったが、競馬場も場外馬券売り場も閉鎖されていることを考慮し、パレルモ競馬場は11月2日に BETURF というインターネット投票のプラットフォームを立ち上げた。開始からわずか2ヶ月で、総売上の10%がBETURFからの投票という良好な結果が出ている。現在はブエノスアイレス州の居住者のみの購入に限られているが、今後はアルゼンチン全土に広げていく方針である。


 無観客開催ではあるが、南米競馬は徐々に正常に戻りつつあった。しかし、このところ雲行きが怪しくなっている。ウルグアイでは、11月まで2桁台に抑えていた感染者数が、12月に入って突如3桁台に、クリスマスでは700人を超えるという感染爆発に見舞われた。事態を重く見た政府は、すべてのスポーツイベントを3週間中止することを発表した。これにより、ウルグアイ競馬も12月20日のマローニャス競馬場をもって3週間の中断期間に入った。年明けの再開は1月14日のラス・ピエドラス競馬場からとなる。毎年1月6日に行なわれる同国最大のGⅠ競走ホセ・ペドロ・ラミーレスは1月17日に延期となった。南米の優等生ウルグアイが再中断を強いられたのだから、他の国もまだまだ予断を許さない状況である。


☟ウルグアイ国内における感染者数を表すグラフ



◆ 活発な移籍・売却


 2020年は南米のトップホースの海外移籍が活発だった。アルゼンチンからは、2019年の2冠馬で年度代表馬のミリニャーケ(Miriñaque)、2020年のダービー馬グレートエスケープ(Great Escape)、1000ギニー馬スコティッシュスター(Scotish Star)といったGⅠ馬に加え、重賞2勝のファンタシオーソ(Fantasioso)、2019年のオークス馬ナスティア(Nastia)の全弟にあたるニクソンジョイ(Nixon Joy)、GⅠエストレージャス・クラシックで1着入線(後にドーピングで失格)したキングスルー(King Slew)などがアメリカの地を踏んだ。


 チリからは2019年のオークス馬ブルック(Brooke)、ダービー3着でGⅡ勝ちの実績があるマスターピース(Master Piece)、牝馬GⅠを勝ったサネヌス(Sanenus)などがアメリカに移籍した。また、5戦5勝と無敗のGⅠ馬ブレークポイント(Break Point)、怪物ファーストコンスティテューション(First Constitution)、12月19日のGⅠセントレジャーを勝ったカソセラード(Caso Cerrado)といった3歳馬も、これからアメリカに移籍予定である。


 ブラジルからは2000ギニーを優勝したロイヤルシップ(Royal Ship)がアメリカに、2019年のサンパウロ・ダービー馬で南米最大のGⅠカルロス・ペジェグリーニの勝ち馬でもあるナオンダマイス(Não Dá Mais)がフランスに移籍した。ナオンダマイスは、ブラジル代表として出走したGⅠラティーノアメリカーノ後もアルゼンチンに留まり、同国のビッグレースに参戦する予定だった。しかし、新型コロナウイルスによってレース再開の目途が立たないことから、予定を変更してフランスのスマガ厩舎に移籍した。12月17日のドーヴィル競馬場7Rで欧州デビューを果たした(8着)。


 これらの馬は新型コロナウイルスの影響というよりは、南米で活躍した馬は海外に売却・移籍するという例年の流れに沿ったものである。だが、移籍時に新型コロナウイルスによる渡航制限の影響を受けてしまった馬がいたのは不憫だった。


 新型コロナウイルスによる開催中断のあおりをもっとも受けたのは牝馬である。たとえば、GⅡを4勝したアルゼンチンのバンハーラン(Babm Harlan)や、GⅡカルロス・トムキンソンの勝ち馬タッチザスカイ(Touch The Sky)、GⅡロス・クリアドーレスの勝ち馬アイラ(Ayra)、23戦18勝(GⅢ1勝)と大活躍していたチリのルビープリンセス(Ruby Princess)などは、レース再開の見込みがないことから、現役引退を前倒しして繁殖牝馬となった。


 走れる状態にある馬をレースに使えないのは、馬主をはじめとする関係者にとってまったく無駄なことである。賞金を稼ぐことはできず、維持・管理費だけがかさんでいく。したがって、多くの馬主が手持ちの牝馬をセールに出した。レースがないなら売却して少しでも稼ごうというのは、至極まっとうな考えである。そうして比較的安く売りに出された牝馬を良いも悪いも含めて買い漁ったのが、日本の生産者である。2020年はアルゼンチン牝馬の日本への輸入が特に多かった。2019年のアルゼンチン最優秀3歳牝馬ジョイカネーラ(Joy Canela)、GⅠエストレージャス・ディスタフでそのジョイカネーラを下したチタディリオ(Cita Di Río)、スプリント戦線の女王ウモラーダネグラ(Humorada Negra)、GⅡ4勝のスウィートマナ(Sweet Mana)、GⅡ2勝のバレンティーナポップ(Valentina Pop)、重賞2勝のムーンオブザシティー(Moon Of The City)、GⅠで連対のあるスターオーストラル(Star Austral)などがこれに該当する。これら牝馬はヨーロッパないしアメリカで種付けを行なってから来日する。


 新型コロナウイルスによって海外に流失したのは馬だけではない。人材もである。世界最多勝利騎手であるブラジル人のジョルジ・ヒカルド騎手は、これまでアルゼンチンを拠点に騎乗していたが、いっこうに競馬が再開されないため、母国ブラジルに帰国して騎乗することを決めた。9月25日にはガヴェア競馬場1Rをグロリオーサネグラ(Gloriosa Negra)で制し、通算1万3000勝という大記録を達成している。現在59歳のヒカルド騎手は、観客が競馬場に入場できるようになったらアルゼンチンに戻り、そこで長らくお世話になったアルゼンチン競馬に別れを告げ、引退までブラジルで騎乗するという計画を持っているそうである。


☟1万3000勝達成を報告するジョルジ・ヒカルド騎手



 また、アルゼンチンNo.1とも称されるロベルト・ペジェガッタ調教師は、なかなか再開されない競馬や、再開したものの減額されたレース賞金を嫌い、管理馬を連れてウルグアイへ移籍する計画を練った。その中にはGⅠラティーノアメリカーノの勝ち馬テターセ(Tetaze)も含まれていた。結局、この計画は関税問題で実現しなかったが、これまで外国からアルゼンチンへ移籍する騎手や調教師はいたが、アルゼンチンの有力調教師が国外移籍を希望するというのは前代未聞の事態である。


 9月20日には、1941年にアルゼンチンで設立された名門ラ・ポーム牧場が、11月いっぱいでアルゼンチンでの生産活動を終え、ウルグアイとアメリカでの活動に集中するという報道があった。ラ・ポーム牧場の生産馬にはジェントルマン(Gentleman)やアシデーロ(Asidero)といったアルゼンチン競馬史を彩る名馬が多数いるだけに、この決定は驚きをもって受け入れられた。ペジェガッタ調教師の移籍未遂と共に、アルゼンチン競馬が新型コロナウイルスによって受けた被害の大きさを、あるいは、ウルグアイ競馬がいかに信頼できる競馬体制を構築できているかを如実に表す出来事である。



◆ レースレベルの低下


 南米競馬の一般的なカレンダーは、1月から6月に2歳戦が組まれ、馬齢が変わる7月から12月にかけて3歳GⅠや3冠競走が行なわれるというものである。しかし、2020年は新型コロナウイルスによる中断のため、2歳戦がほとんど中止になってしまった。そのため、早期に再開できたブラジルやウルグアイではそこまでの悪影響は出なかったが、アルゼンチンとチリの3歳馬(2017年産馬)はまったくレースを使えず、ぶっつけ本番でGⅠシーズンを迎えなければならなくなった。


 とりわけ、9月まで中断が長引いたアルゼンチンの3歳GⅠは、史上稀に見る低レベルな戦いとなった。パレルモ競馬場は8月28日に再開したが、アルゼンチン版ブリーダーズカップである『エストレージャス競走』が同競馬場で行なわれたのは、そのわずか2週間後である。GⅠエストレージャス・ジュヴェナイルとGⅠエストレージャス・ジュヴェナイル・フィリーズは出走条件を2歳から3歳に変更して開催されたが、前者は出走15頭中6頭が初出走、10頭が未勝利、後者は出走11頭中5頭が初出走、8頭が未勝利馬で、勝利したのは未勝利馬の1頭であるインファルターメ(Infartame)だった。1000ギニーにあたるGⅠポージャ・デ・ポトランカスは18頭中5頭が未勝利馬、2000ギニーにあたるGⅠポージャ・デ・ポトリージョスは12頭中3頭が未勝利馬だった。未勝利馬による3歳GⅠはアルゼンチンのオークスにあたるGⅠセレクシオンと、ダービーにあたるGⅠナシオナルでも続いた。セレクシオンはわずか7頭立て、2頭が未勝利、2勝以上馬は1頭だけだったが、その1頭も後にドーピング違反により失格になっている。オークスを勝ったのはマミービーチ(Mumy Beach)という馬だが、この馬は次の3歳GⅠで大敗している。ナシオナルは11頭中重賞馬ゼロ、2勝以上馬ゼロ、未勝利馬5頭という、ダービー史上最低のレベルで争われた。例年であれば、アルゼンチン3歳GⅠの勝者は南米でトップクラスの競走馬とみなされるが、2017年産馬に限ってはまったくそれが当てはまらない。


 アルゼンチンにおける競走レベルの低下は古馬路線でも見られた。主な原因は、前述した有力馬の海外移籍と繁殖牝馬としての売却である。レースレベルの低下を顕著に表しているのは、新型コロナウイルス前に行なわれたGⅠラティーノアメリカーノと、新型コロナウイルス後に行なわれたGⅠカルロス・ペジェグリーニにおける出走馬の差である。ラティーノアメリカーノでは、アルゼンチンのミリニャーケ、セアスアラバーダ(Seas Alabada)、ブラジルのナオンダマイス、ピンパーズパラダイス(Pimper's Paradise)、ウルグアイのアフステフィスカル(Ajuste Fidcal)、チリのウォーブリーズ(War Breeze)、サビタール(Savitar)と、出馬表を一瞥しただけでワクワクするほどの強豪が勢ぞろいした。一方、カルロス・ペジェグリーニは過去10年で初めて外国馬の参戦なし、最少タイとなる13頭立てとなった。GⅠ馬はテターセ(Tetaze)、ピンボールウィザード(Pinball Wizard)、ヴィレッジキング(Village King)、エモーションオーペ(Emotion Orpen)の4頭のみ。その他の9頭は重賞勝ちもなければ、うち1頭は未勝利馬という始末である。そんな史上最低のカルロス・ペジェグリーニを制したのは、なんと1勝馬の3歳馬クールデイ(Cool Day)だった。クールデイは前走アルゼンチン2冠目のGⅠジョッキークルブで2着という実績はあったものの、14番人気の伏兵だった。現在アルゼンチンにいる馬は、3歳馬も古馬も相当レベルが低いと言わざるをえない。


☟GⅠカルロス・ペジェグリーニ



◆ アルゼンチン薬物汚染


 アルゼンチン競馬は新型コロナウイルスの他にも大きな脅威に見舞われた。ドーピング問題である。9月にパレルモ競馬場で行なわれたエストレージャス競走では記録的な違反件数が出た。GⅠエストレージャス・クラシックの1着入線キングスルーからはジイソプロピルアミンが、GⅠエストレージャス・スプリントの1着入線ラレリキア(La Reliquia)からはクレンブテロールが、GⅠエストレージャス・ジュヴェナイルの2着入線ニクソンジョイからはジイソプロピルアミンが、GⅠエストレージャス・ジュヴェナイル・フィリーズの4着入線マルケサキー(Marquesa Key)からは基準値を超えるヒ素が検出されて失格になっている。加えて、GⅠポージャ・デ・ポトランカスの2着入線馬であり、GⅠセレクシオンで4着入線だったラバリダーダ(La Validada)からデキサメタゾンとベタメタゾンの陽性反応が出た。10月31日にサン・イシドロ競馬場で行なわれたGⅠコパ・デ・オロで4着入線のグローバルビッグ(Global Big)からはデキサメタゾンが検出された。年末になってもGⅠ競走におけるドーピング違反の報告は止まらなかった。11月19日にラ・プラタ競馬場で行なわれたGⅠホアキン・V・ゴンサーレスで1着入線のシテイーワンダー(City Wonder)からジイソプロピルアミンが、11月28日にパレルモ競馬場で行なわれたGⅠマイプーで3着入線のザミンダークイット(Zamindar Quit)からも同物質が検出され、2頭にはまもなく正式に失格処分が下される。2020年はGⅠ競走で計9件ものドーピング違反が出た。これに一般競走でのドーピング違反を含めると、50件に迫ろうかという数字になる。


 アルゼンチンのドーピング検査は、レース前に"CeNARD"というナショナル・スポーツセンター、もしくはサン・イシドロ競馬場とラ・プラタ競馬場の化学施設で行なわれ、レース後に検体をフランスの研究所"Laboratoire des Courses Hippiques"に送るという仕組みである。そのため、正式な着順確定までに1,2ヶ月を要する。今回のドーピング違反が発覚したのは、ほとんどの場合フランスのラボでの検査結果による。すなわち、アルゼンチン国内でのレース前検査がまったく機能していないということである。


 アルゼンチンでは数年前から薬物汚染問題が深刻化しているが、2020年のそれは前代未聞である。11月5日、アルゼンチン馬事協会は「プロとして当然果たさなければならない責任の欠如が、我々の競馬の価値を下げている」と遺憾の意を表明し、関係者に対して事前検査の厳重化を求めた。11月30日には、アルゼンチン馬主協会とアルゼンチン生産者協会が手を取り合い、『競馬連合(Unión Hípica)』という競走馬の質の向上を目的とした相互協力体制を築くことで合意した。ウニオン・イピカは活動の第一目標としてドーピング問題の解決をあげ、アルゼンチン国内での新たな検査機関の導入を目指している。



◆ ペルーで悲劇再び


 2019年12月22日、ペルーのバルロベント牧場に侵入した強盗集団により、ザルーテナント(The Lieutenant)、サイラスアレクサンダー(Cyrus Alexander)、タイムリーアドヴァイス(Timely Advice)、カンフーマンボ(Kung Fu Mambo)の4頭の種牡馬が殺害されるという事件は記憶に新しいかもしれない。しかし、2020年も同様の悲劇が起こってしまった。


 9月29日早朝、2004年のGⅠラティーノアメリカーノを制したペルーの名馬コマンドインティモ(Comando Íntimo)が、種牡馬として繋養されていたエル・カスティージョ牧場に侵入した強盗によって殺害された。犯人の目的は食肉を販売するためと見られている。また、コマンドインティモの他に2頭が殺害された。


 コマンドインティモは、2000年9月18日にペルーのリオ・サンタ牧場で産まれた。父リヤディアン、母父プライベートアカウントという血統。2003年にGⅠポージャ・デ・ポトリージョスとデルビー・ナシオナルで3着に入ると、翌年チリのチレ競馬場で開催されたGⅠラティーノアメリカーノを9馬身差で圧勝し、この年のペルー年度代表馬に輝いた。2007年に現役を引退し、バルロベント牧場で種牡馬入り。後にエル・カスティージョ牧場で供用されることになった。


 ペルー・スタッドブックによると、コマンドインティモの産駒は計36頭おり、うち21頭が競走馬としてデビューしている。産駒にはリステッド競走2勝のコンコラソン(Con Corazón)などがいるが、重賞勝ち馬はいない。2018年産が1頭、2019年産が1頭いるので、残された馬の活躍に期待したい。


☟コマンドインティモが勝利した2004年のGⅠラティーノアメリカーノ



◆ ベネズエラ制裁問題


 ベネズエラでは、競馬界の中心人物が絡んだ、公正な競馬運営を脅かす2つの重大事件が発生した。1つ目が、10月4日のラ・リンコナーダ競馬場7Rでミサエル・ロドリゲス騎手が犯した負担重量不正である。このレースでミュージックアンドラヴ(Music And Love)に騎乗していたミサエル・ロドリゲス騎手は、2着のランス(Reims)に2馬身差をつける快勝をおさめた。しかし、レース直後にロドリゲス騎手がポニーボーイから本来レース中に身につけていなければならない重りを受け取ったことがテレビカメラによって判明し、最下位に降着、ランスが繰り上がりで1着となった。つまり、ロドリゲス騎手は規定より軽い斤量で騎乗していたのである。ベネズエラ競馬委員会は、ミサエル・ロドリゲス騎手に対して騎手免許の取り消しを宣告。重りを渡したポニーボーイのフェリモン・ロペス氏には無期限の職務停止を、ミュージックアンドラヴを所有するホセ・カプート氏には無期限の馬主資格停止を言い渡した。また、同馬を管理するレイナルド・ジャネス調教師は2020年10月5日から2021年10月5日まで1年間の活動停止となった。


 ミサエル・ロドリゲス騎手は、毎年のように騎手リーディングを争うベネズエラ随一の騎手であり、2019年の2冠馬でベネズエラ国内で圧倒的な人気を誇るグランオメーロ(Gran Omero)の主戦騎手を務めていた。だが、2019年も怠慢騎乗によって2019年9月18日から2020年9月18日まで1年間の騎乗停止処分を課されるなど、素行が問題視されることもあった。レイナルド・ジャネス調教師は、ベネズエラ競馬界で文句なしのNo.1調教師である。ベネズエラで受賞を勝つ馬の6,7割がジャネス調教師の管理馬といっても過言ではない。だからこそ、ベネズエラ競馬委員会は調教師免許取り消しではなく、1年間の活動停止という「もっとも重い軽い処分」でとどめたのではないだろうか。ジャネス調教師まで追放してしまうと、競馬産業への混乱が計り知れない。だが、この処分に対し、なぜジャネス調教師も無期限活動停止、もしくは調教師免許剥奪にならないのかと、競馬ファンから抗議の声が上がった。いずれにせよ、ベネズエラ競馬はまったくつまらない出来事によって中心人物を失った。


☟ポニーボーイから重りを受け取るミサエル・ロドリゲス騎手



 二つ目は、11月22日のラ・リンコナーダ競馬場1Rでロベルト・カプリーレス騎手が犯した悪質な妨害行為である。このレースでゴリラスピード(Gorilla Speed)に騎乗していたロベルト・カプリーレス騎手は、最後の直線でノーザンブラック(Northern Black)に追い抜かされそうになると、相手の馬の頭絡、もしくは手綱を引っ張って走行を妨害するという暴挙に出た。幸いにも落馬や怪我はなかったが、カプリーレス騎手は反スポーツ行為を犯したとして、2020年11月23日から2022年11月23日まで2年間の騎乗停止を言い渡された。これは騎手免許取り消しに次いで重い処分である。


 ロベルト・カプリーレス騎手は2020年の騎手リーディングを獲得し、このレースの1ヶ月前にはGⅠ競走を制するなど、高い騎乗技術を有する期待の若手である。しかし、素行の悪さは前々から有名であり、2019年も1年間の騎乗停止処分を受けている。そのときはメキシコのラス・アメリカス競馬場で騎乗するという制裁逃れをやってみせたが、アメリカでも活躍し、現在はベネズエラ競馬学校の教官を務めているエイバル・コア元騎手が、2年間の制裁は世界中で尊重されるべきであると主張したことから、今回はその抜け道を使うことはできないだろう。カプリーレス騎手は才能を自らドブに捨ててしまった。


 ベネズエラ人騎手は概して勝利への執念が強い。だからこそ、ベネズエラは名騎手製造大国なのだが、ロドリゲス騎手やカプリーレス騎手のように、執念の間違った使い方をする騎手が多々見受けられる。この二人だけでなく、2020年で長期間の騎乗停止や免許取り消しを課された騎手は少なくない。


☟妨害行為をするロベルト・カプリーレス騎手



◆ 種牡馬の導入


 新型コロナウイルス、ドーピング問題、種牡馬の殺害、悪質行為とネガティヴな話題が続いたが、ここからは2020年の南米競馬におけるポジティヴな側面を紹介する。


 新型コロナウイルスにより競馬界は甚大な被害を受けたが、産業の動きは活発だった。目立ったのは新種牡馬の導入である。4月、アルゼンチンのラ・バルキリア牧場がタピット産駒のマスク(Mask)を購入したことを発表した。タピットの直仔がアルゼンチンで種牡馬になるのはこれが初めてである。5月には、2013年のBCクラシックを制したムーチョマッチョマンの半弟マルコーニ(Marconi)が、アルゼンチンのラ・ヘネラシオン牧場で種牡馬になることが発表された。1ヶ月の間にタピット産駒が2頭も輸入されるとは、タピットの血が南米でも期待されている証拠である。アルゼンチンのフィルマメント牧場は、2020年にゾファニー(Zoffany)を供用することでクールモアと契約を結んでいた。しかし、新型コロナウイルスの影響で輸送の目途が立たないことから、契約は破談になってしまった。ゾファニーの代わりに、同じダンシリ産駒でキングマンの半兄リモート(Remote)が同牧場で繋養されることになった。リモートは2015年から2019年までアルゼンチンのバカシオン牧場で繋養されており、アルゼンチンでは馴染みの種牡馬である。また、アメリカで競走生活を送っていたアルゼンチン産のザグレートデイ(The Great Day)がフィルマメント牧場で、同じくアメリカに移籍したイルメルカート(Il Mercato)がラ・パシオン牧場で種牡馬入りするため母国へ帰還した。


 チリでは、ドン・アルベルト牧場がアシュフォード・スタッドから2017年のBCジュヴェナイル・ターフと2018年のUAEダービーの勝ち馬メンデルスゾーン(Mendelssohn)を、昨年に引き続き2008年のBCジュヴェナイルの勝ち馬ミッドシップマン(Midshipman)をシャトル種牡馬として導入することを発表した。2頭にはパイオニアオブザナイル産駒で2016年のBCジュヴェナイルの勝ち馬クラシックエンパイアー(Classic Empire)も同行し、こちらはパソ・ネバード牧場で供用される。スキャットダディ自身がチリで供用されていたことに加え、クールモアからドン・アルベルト牧場にシャトルされたノーネイネヴァー(No Nay Never)、現在はアルゼンチンのアボレンゴ牧場で繋養されているダディーロングレッグス(Daddy Long Legs)など、チリではスキャットダディの血が重要視されている。


 ウルグアイでは7月に、3歳時にGⅠトラヴァーズSなどを優勝し、現在はケンタッキーで種牡馬になっているアンブライドルズソング産駒のウィルテイクチャージ(Will Take Charge)が、南半球の種付けシーズンをフィリップソン牧場で行なうと発表された。近年、ウルグアイ競馬界は馬質の向上を目指しており、9月にはウルグアイ生産者協会が主導する競走馬改良プログラムの一環として、19頭のウルグアイ牝馬がアルゼンチンへ赴き、アルゼンチンの種牡馬と種付けした。


 南米競馬は毎年のようにアメリカから一流の種牡馬を導入している。2020年はそうした投資の中に、大当たり銘柄が含まれていたことが明らかになった。チリのドン・アルベルト牧場にシャトルされたコンスティテューション(Constituion)の初年度産駒がデビューを迎え、わずか1世代しかいないにもかかわらず、獲得賞金額において種牡馬リーディングで2位を獲得した。当然、2017年産リーディングでは断トツの首位である。コンスティテューション産駒の活躍馬については後述する。


 南米でも徐々に2歳戦が始まり、アルゼンチンのフィルマメント牧場で供用されたヒットイットアボム(Hit It A Bomb)の初年度産駒や、チリのリジー牧場で供用されたザランバーガイ(The Lumber Guy)の初年度産駒がすでに勝ち星をあげている。南米競馬にはあまりにも過酷な年となったが、種牡馬の導入が止まらなかったのは朗報である。質の高い競走馬を国内外に提供できる環境さえ維持できれば、立て直しは充分に可能である。


 競馬は止まったが、競走馬のセリが止まらなかったのは産業にとって重要だった。各国の生産牧場はYouTubeを駆使してオンラインでセリを開催した。3月15日に行なわれたアルゼンチンのアボレンゴ牧場とバカシオン牧場の共同セールでは、ジョイロシータ(Joy Rosita)というフォーティファイ産駒の牡馬が、オーストラリアのジャック・ニー氏によって12万5000ドルで落札されている。また、イークワルストライプス産駒のキャンディーケーク(Candycake)とキャンディーダシー(Candydacy)にも9万ドルの値がついた。8月25日にチリのドン・アルベルト牧場で行なわれたセールでは、コンスティテューション産駒の2歳牡馬が19万ドルという高値で落札された。また、11月11日に開催されたペルーのロス・エウカリプトス牧場のセールでは、2020年のペルー2冠馬ニュルンベルク(Nuremberg)の全妹グアペトーナ(Guapetona)が最高額となる5万5000ドルで売却された。いずれも落札額は例年並みを維持した。


 種牡馬の話であれば、アグネスゴールドに触れないわけにはいかない。ブラジルにおいて今や説明不要の大種牡馬となったアグネスゴールドだが、2020年の活躍にも目を見張るものがあった。通算勝利数115勝、獲得賞金額182万8864レアル(3631万3924円)は、年間成績で共に首位。重賞は15勝、うちGⅠは6勝である。マイスキボニータ(Mais Que Bonita)がブラジル牝馬2冠を達成し、アブダビ(Abu Dhabi)がGⅠクルゼイロ・ド・スル(ブラジル・ダービー)を制した。ライバルだったアグネスタキオンは夭折し、同世代のクロフネは種牡馬を引退したが、アグネスゴールドはブラジル競馬界の玉座を守り続けている。1991年産まれのサイフォン(Siphon)や、ミスプロの直仔であるパイオニアリング(Pioneering)がいまだに種牡馬として活躍している種牡馬長寿大国のブラジルにおいて、体調さえ問題なければアグネスゴールドの種牡馬生活はまだまだ続くだろう。重賞馬の弟妹が多数いる2018年産のラインナップも期待できる。個人的には、名牝ヒボレッタの孫にあたり、半兄にブラジル・ダービー馬オリンピックハノイ(Olympic Hanoi)を持つオックスフォードガール(Oxford Girl)という牝馬に注目している。



◆ 南米馬の躍動


 新型コロナウイルスによって思ったような競馬開催ができなかった中でも、南米の地には才能豊かな3歳馬が登場した。その代表格が、チリのドン・アルベルト牧場で産まれたコンスティテューション産駒の2頭、ブレークポイントとファーストコンスティテューションである。ブレークポイントは父コンスティテューション、母サファウィ、母父シーキングザダイヤという血統の3歳牡馬である。母のサファウィはシーキングザダイヤにチリで初めての重賞をプレゼントした馬である。競馬が再開した8月17日のサンティアゴ競馬場6Rでデビュー勝ちをおさめると、ここまで5戦5勝(GⅠ3勝)という驚異的な強さで、チリの芝王者に君臨している。ファーストコンスティテューションは父コンスティテューション、母アンティック、母父キトゥンズジョイという血統の3歳牡馬。9月26日にチレ競馬場で行なわれたダート1200m戦で2着に15 3/4馬身差をつける圧巻のパフォーマンスでデビュー勝ちをおさめると、2戦目のダート1500m戦を14馬身差、勢いそのままに挑んだGⅠマウリシオ・セラーノ・パルマでも8馬身差と、驚異的な強さで連勝街道を歩んだ。12月19日のGⅠセントレジャーでは、他馬の徹底したマークに苦しんで2着入線(斜行により3着降着)と4戦目にして初めて土がついたが、その実力は南米中で話題となっている。2頭とも来年からアメリカに移籍することが決まっている。チリ競馬だけでなく、南米競馬の期待を背負って海外の一流馬に挑む。


☟GⅠマウリシオ・セラーノ・パルマを圧勝するファーストコンスティテューション



 史上稀に見る低レベルとなったアルゼンチン3歳世代でも、1000ギニーを快勝したスコティッシュスターと、ダービーを15馬身差で圧勝したグレートエスケープが、素質を認められてアメリカに移籍した。グレートエスケープの馬主であるフランシスコ・フラグアス氏は、「アルゼンチン産馬の優秀さを示す代表馬が必要である。グレートエスケープはアルゼンチン国旗を掲げて渡米する」と意欲を語っており、2021年のブリーダーズカップ出走を目標にしている。両馬がアメリカでどんな競馬を見せるのか、今から楽しみである。


 ベネズエラでは、ヴァケーション産駒のラッフスター(Raffsttar)が、2010年のウォータージェット(Water Jet)以来、史上9頭目となるベネズエラ3冠馬に輝いた。12月20日にラ・リンコナーダ競馬場で行なわれたGⅠシモン・ボリーバルでは、2007年のタコネオ(Taconeo)以来となる4冠制覇を目指した。残念ながら2着に敗れて偉業達成とはならなかったが、最後の直線で繰り広げられたアピストス(Apistos)との激闘は、2020年の南米競馬ベストレースといっても過言ではない。


☟GⅠシモン・ボリーバル



 古馬で見逃せないのが、ブラジルのピンパーズパラダイスと、ウルグアイのアフステフィスカルである。ピンパーズパラダイスはプットイットバック産駒の5歳牡馬で、ここまでの通算成績は11戦6勝(GⅠ2勝、GⅡ1勝、GⅢ1勝)である。3歳時は目立った馬ではなかったが、2020年2月9日にガヴェア競馬場で行なわれたGⅢエスコリアルを6 3/4馬身差で圧勝すると、6月27日にシダーヂ・ジャルディン競馬場で行なわれたGⅠマチアス・マッハラインでも5馬身差の快勝をおさめ、初GⅠ制覇を飾った。2020年に入っての急成長である。9月27日には、ガヴェア競馬場で行なわれたGⅠブラジルで昨年の覇者ジョージワシントン(George Washington)などの強豪相手に完勝をおさめ、ブラジル現役最強馬に輝いた。本来であれば、GⅠブラジルの優勝馬にはBCターフの優先出走権が与えられるのだが、2020年は同レースの開催が9月にズレたため、さすがに1ヶ月の間に渡米してレースに出走するというのは極めて難しく、出走を断念せざるをえなかった。海外の一流馬を相手にしても充分勝負になっただろうに、新型コロナウイルスが忌まわしい。


 ウルグアイのアフステフィスカルはイオヤビッグタイム産駒の4歳牡馬である。2019年にGⅠポージャ・デ・ポトリージョスとGⅠジョッキークルブを制して2冠に輝いた。3冠を狙ったGⅠナシオナルでは伸びきれずにまさかの3着に敗れたが、2020年1月6日に行なわれた同国最大のGⅠ競走ホセ・ペドロ・ラミーレスでは、2007年にグッドリポート(Good Report)が出したレースレコードを更新する7馬身差の圧勝をおさめた。同馬を管理するアントニオ・シントラ調教師は、これまで扱った馬の中で最高のサラブレッドと称し、インバソール(Invasor)の再来と期待を寄せるファンもいる。ホセ・ペドロ・ラミーレスを制した時点で早くも来年のドバイ遠征のプランがあがり、9月6日に国内最終戦として出走したGⅢで難なく差しり勝ちをおさめると、ドバイ遠征にゴーサインが出た。インバソール以来となる南米馬によるドバイWC制覇となるか。


☟GⅠホセ・ペドロ・ラミーレス



 ここでアフステフィスカルのドバイ遠征について解説する。アフステフィスカルを含め、アントニオ・シントラ調教師の管理馬5頭が1月23日から始まるメイダン競馬場開催に参戦し、3月のドバイWCデーへの出走を目指している。5頭とは、アフステフィスカル、エルパトリオータ(El Patriota)、トランカフェッロ(Trancaferro)、アッパークラス(Upper Class)、アルモラディ(Almoradi)である。アフステフィスカルはドバイWCを、2020年のウルグアイ・ダービー馬であるエルパトリオータはUAEダービーを目標にしている。5頭は12月18日にウルグアイを出国。ブラジルのサンパウロ、スペインのカナリア諸島、ドイツのフランクフルトを経由し、12月22日に無事にドバイへたどり着いた。現在はメイダン競馬場の検疫所で調整を続けている。


 2020年は外国で競走生活を送っている南米産馬の活躍も目立った。まず取りあげなければならないのは、アグネスゴールド産駒のブラジル産馬イバール(Ivar)によるGⅠシャドウェル・ターフ・マイルSの優勝である。筆者はイバールがアルゼンチンにいるときから「2020年はアグネスゴールド産駒の怪物が大活躍する」と予言していただけに、この優勝は至福の喜びだった。次走BCマイルでは4着に敗れたものの、アメリカ調教馬最先着を果たした。現在は休養に入っており、復帰は来年4月のキーンランド開催を予定している。陣営は本格化するのは来年と述べており、2021年の活躍がますます楽しみである。イバールと同国産、同父、同馬主、同調教師、同騎手であり、共にアルゼンチンからアメリカへ渡ったインラヴ(In Love)も、10月18日のキーンランド競馬場5Rでアメリカ初勝利を飾っている。


☟イバールが優勝したGⅠシャドウェル・ターフ・マイルS



 ブラジルのGⅠ馬ジョリーオリンピカ(Jolie Olímpica)は、2020年1月11日のGⅢラス・シエネーガスSでアメリカ・デビューを迎えた。デビュー戦がいきなりの重賞だったがこれを見事に突破すると、5月25日にサンタアニタパーク競馬場で行なわれたGⅡモンロヴィアSでも勝利した。7月11日にキーンランドで行なわれたGⅠジェニー・ワイリーSで2着に入り、秋はBCターフ・スプリントに出走を予定していたのだが、調教後の疲労が著しいため、大舞台を回避することになった。ブラジル産馬による初のブリーダーズカップ制覇は2021年に持ち越しである。


 チリから移籍したサネヌスは、8月16日にデルマー競馬場で行なわれた芝1600mの条件戦で3着に入ると、11月21日にチャーチルダウンズ競馬場で行なわれたGⅢチルッキでも3着に食いこんだ。マスターピースは移籍初戦として10月3日にベルモントパーク競馬場で行なわれたGⅠジョーハーシュ・ターフ・クラシックSに果敢に挑んだが、4着と悪くない結果を残すことができた。2頭ともまだ移籍後初勝利には達していないが、このままの調子を維持できればそのときが訪れるもの遠くない。


 2019年のアルゼンチン2冠馬で年度代表馬のミリニャーケは、デビュー戦がいきなりGⅠパシフィック・クラシックでマキシマムセキュリティーと対決となり、さすがにこれは難易度が高すぎた。2戦目のGⅡハグヤード・ファイエットSでは最下位に敗れたが、これはレース中に鼻出血を発症したためである。3戦目はブリーダーズカップと同日に開催されたGⅡサラブレッド・アフターケア・アライアンス。直線でいったん先頭に立つも、ゴール前でロケットリー(Rocketry)に交わされて惜しくも2着に敗れた。だが、ようやく本来の実力を発揮することができ、アメリカでの競走生活に光が見えた。2021年は2月にサウジアラビア遠征を行ない、そのまま3月のドバイ開催への参戦を予定している。


 オーストラリアでは、2016年のアルゼンチン2冠馬で年度代表馬のヒーランズアウェイ(He Runs Away)が躍動した。アメリカへ行ったり、香港へ行ったり、オーストラリアへ行ったりと、アルゼンチンを出てからなかなか活躍の場に恵まれなかったが、10月3日にイーグルファーム競馬場でオーストラリア初勝利をあげると、12月12日にランドウィック競馬場で行なわれたリステッド競走クリスマス・カップで2着になるまでの2ヶ月間で、長距離を中心に6戦4勝(複勝率100%)と絶好調である。


 この他にも、海外で勝利をおさめた南米産馬や南米牝系馬はたくさんいる――母がアルゼンチン産馬であるナンドパラード(Nando Parrado)のGⅡコヴェントリーSでの一撃や、GⅠジャン・リュック・ラガルデールでの好走には驚かされた――。アメリカやヨーロッパの一流馬と台頭に渡り合うことのできる南米産馬の存在が、南米が世界有数の競馬大国であることを証明している。



◆ 2021年の展望


 2021年の南米競馬はどうなるだろうか? ウルグアイで再び競馬が中断に追いこまれたりと、あいかわらず新型コロナウイルスの影響が不安である。ワクチンの接種が始まったという吉報はあるものの、年明けから競馬が中止になるという事態が起こってもまったく不思議ではない。絶えず情報を追っていく必要がある。しかし、断言できることがある。それは、「2020年より悪くなりようがない」ということである。


 2021年の開催日程が各競馬場から続々と発表されている。主要GⅠの日程を列挙すると、1月17日にホセ・ペドロ・ラミーレス、2月7日にエル・デルビー、4月11日にクルゼイロ・ド・スル、6月26日にエストレージャス競走、8月15日にブラジル、10月24日にラティーノアメリカーノ、11月13日にナシオナル、12月4日にセントレジャー、12月12日にカルロス・ペジェグリーニとなっている。まずは無事に開催が行なわれること、欲を言えば、各国のビッグレースには観客が戻ってきてほしい。無観客で開催している競馬場がほとんどだが、12月末から人数制限つきで観客の入場を認めているところもある。


 イバール、ピンパーズパラダイス、アフステフィスカル、ブレークポイント、ファーストコンスティテューションと、国内外に優秀な南米産の競走馬がいる。牝馬の売却ラッシュは、日本をはじめとする海外での南米競馬・南米血統の存在感が増すことに繋がる。そうした南米牝馬から活躍馬が誕生すれば、南米生産界はさらなるビジネス機会に恵まれるだろう。これまで数々の優秀な牝馬を売却、言い換えれば、優秀な繁殖牝馬が国外へ流出してきたにもかかわらず、毎年のように競馬先進国の一流馬と互角の勝負を挑める競走馬を作り出すことのできる南米の生産力の強さは計り知れない。2020年は新型コロナウイルスによってあまりにも傷ついた南米競馬だが、災い転じて福となってほしい。


 個人的な楽しみがもう1つある。それは、2020年8月に亡くなったハットトリックのブラジルでの初年度産駒がデビューすることである。重賞馬の弟妹も多く、特に2019年のサンパウロ2冠馬メストリドイグアス(Mestre Do Iguassu)を兄に持つオメガドイグアス(Omega Do Iguassu)という牡馬に期待している。アルゼンチンですでに大成功を成し遂げたハットトリック産駒のブラジルでの活躍によって、サンデーサイレンスの血がさらに南米に根づいていくだろう。



◆ 各国リーディング


アルゼンチン

騎手 : フランシスコ・ゴンサルヴェス(獲得賞金額&勝利数)

調教師 : ロベルト・ペジェガッタ(獲得賞金額)、カルロス・エチェチュリー(勝利数)

父 : イークワルストライプス(獲得賞金額)、ローマンルーラー(勝利数)

母父 : オーペン(獲得賞金額)、サザンヘイロー(勝利数)

生産牧場 : フィルマメント牧場(獲得賞金額&勝利数)

馬主 : エガリーテ・デ・9(獲得賞金額)、ラ・フロンテーラ、トラモ20(勝利数)


チリ

騎手 : ホルヘ・ゴンサーレス(獲得賞金)、ホアキン・エレーラ(勝利数)

調教師 : セルヒオ・インダ(獲得賞金額&勝利数)

父 : グランドダディー(獲得賞金額)、アラゴーン(勝利数)

母父 : ダシヤンター(獲得賞金額&勝利数)

生産牧場 : ドン・アルベルト牧場(獲得賞金額&勝利数)

馬主 : ドン・アルベルト牧場(獲得賞金額)、ロス・タンデーロス(勝利数)


ウルグアイ

騎手 : エクトル・ラソ(獲得賞金額&勝利数)

調教師 : アントニオ・シントラ(獲得賞金額&勝利数)

父 : エクレシアスティック(獲得賞金額&勝利数)

母父 : ロバンデパン(獲得賞金額&勝利数)

生産牧場 : ラ・コンコルディア牧場(獲得賞金額)、ラ・オルケタ牧場(勝利数)

馬主 : フィリップソン牧場(獲得賞金額&勝利数)


ペルー

騎手 : マルティン・チュアン(獲得賞金額&勝利数)

調教師 : スアレス・ビジャロエル(獲得賞金額&勝利数)

父 : ミールペナルティー(獲得賞金額&勝利数)

母父 : アプレンティス(獲得賞金額&勝利数)

生産牧場 : ロス・アサアーレス牧場(獲得賞金額&勝利数)

馬主 : アウローラ(獲得賞金額&勝利数)


ベネズエラ

騎手 : カルロス・ロハス(獲得賞金額)、ロベルト・カプリーレス(勝利数)

調教師 : ネルソン・カスティージョ(獲得賞金額&勝利数)

父 : ヴァケーション(獲得賞金額)、シャンプラン(勝利数)

母父 : ウォーターポエット(獲得賞金額&勝利数

生産牧場 : ラ・オルリアナ牧場(獲得賞金額)、ラ・プリマベーラ牧場(勝利数)

馬主 : クォーターバック(獲得賞金額)、インルーカ(勝利数)


ブラジル

騎手 : ブルーノ・ケイロス(獲得賞金額&勝利数)

調教師 : ルイス・エステヴェス(獲得賞金額&勝利数)

父 : アグネスゴールド(獲得賞金額&勝利数)

母父 : ワイルドイヴェント(獲得賞金額&勝利数)

生産牧場 : サンタ・マリア・ヂ・アラーラス牧場(獲得賞金額&勝利数)

馬主 : ドセ・ヴァレ(獲得賞金額)、フェルナンド・アントニオ・フォンテス・モンテイロ(勝利数)



◆ 各国3冠競走結果


アルゼンチン

①ポージャ・デ・ポトリージョス : トップワンシティー

②ジョッキークルブ : マリニャック

③ナシオナル : グレートエスケープ


チリ

①エル・エンサージョ : ブレークポイント

②セントレジャー : カソセラード

③エル・デルビー : 2021年2月7日開催


ウルグアイ

①ポージャ・デ・ポトリージョス : ナタン

②ジョッキークルブ : ナコン

③ナシオナル : エルパトリオータ


ペルー

①ポージャ・デ・ポトリージョス : ニュルンベルク

②リカルド・オルティス・デ・セバージョス : ニュルンベルク

③デルビー・ナシオナル : ノビジェーロ

④アウグスト・B・レギーア : オホデルミラーグロ


ベネズエラ

①ホセ・アントニオ・パエス : ラッフスター

②クリーア・ナシオナル : ラッフスター

③レプブリカ・ボリバリアーナ・デ・ベネスエラ : ラッフスター


ブラジル(リオデジャネイロ)

①エスタード・ド・ヒオ・ヂ・ジャネイロ : ロイヤルシップ

②フランシスコ・エドゥアルド・ヂ・パウラ・マシャード : オリンピックジョルテン

③クルゼイロ・ド・スル : アブダビ


ブラジル(サンパウロ)

①イピランガ : ライオネルザベスト

②ジョッキークルブ・ヂ・サンパウロ : ウィルマイヤーズ

③デルビー・パウリスタ : オウンゼム

④コンサグラサン : ノブレスユー


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木下 昂也(Koya Kinoshita)

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