• 木下 昂也(Koya Kinoshita)

姉弟交配から育まれたバカシオンの名血

無謀な血


 エジプトのプトレマイオス朝、つまり、かの有名なクレオパトラの家系では、近親婚が慣習になっていた。たとえばクレオパトラは、父プトレマイオス12世がプトレマイオス9世の息子、母クレオパトラ5世も同じくプトレマイオス9世の娘という近親婚によって生まれ、自身も弟と結婚した。とはいえ、これは2000年以上前の話である。その他実際にあった近親婚の例も教科書の中の出来事にすぎず、現在ではほとんどの国が、全血だろうと半血だろうと、兄弟姉妹婚を禁止している。


 サラブレッドの世界でも、兄弟姉妹間の交配で産まれた仔というのは滅多に存在しない。異母兄弟姉妹ならまだしも、異父兄弟姉妹ならなおさら。だが、いなくはない。その「いなくはない」の例外に当てはまるのが、アルゼンチンのラバンブーカ(La Bambuca)である。


 ラバンブーカは、1976年9月8日にアルゼンチンのオホ・デ・アグア牧場で産まれた。父はガミン、母はグッドスターという血統である。ガミンは父にアルゼンチン3冠馬タタンを、母にGⅠ馬バンブーカを持ち、1960年に産まれた。グッドスターは父にアイルランド産馬マスケッドライトを、母にバンブーカを持ち、1956年に産まれた。つまり、半弟と半姉の交配で産まれたということになる。バンブーカは優れた競走馬だったので、その特徴を手軽に継承させたかったのかもしれない。


■ ラバンブーカの血統表


 この大胆とも無謀とも言える血を持つラバンブーカが、アルゼンチン競馬を代表する一族を、アルゼンチンの名門バカシオン牧場の傑作集を綴っていくことになるのだから興味深い。絶対にダメだと言われていることが、必ずしも実際にダメであるとは限らない。


 ところで、ラバンブーカの母グッドスター(Good Star)からは、ダイワキャグニーの祖先にあたるGⅠ馬ベントゥランサ(Venturanza)、1990年のアルゼンチン年度代表牝馬ラエスペランサ(La Esperanza)、ウルグアイ調教馬として唯一南米王者に輝いたグッドリポート(Good Report)、1981年のアルゼンチン年度代表馬アイムグラッド(I'm Glad)、その全妹で1984年のアルゼンチン年度代表牝馬ソーグラッド(So Glad)といった名馬が誕生した。ラバンブーカの牝系について述べるなら、グッドスターの牝系にも触れるべきなのだが、そうするとキリがなく、説明が複雑になるため、今回はラバンブーカから始めさせてもらう。



ラバンブーカの産駒


 ラバンブーカはバカシオン牧場の所有となったが、競走馬にはならなかった。繁殖牝馬として14頭を産み、11頭が出走し、うち10頭が勝利をあげた。


 1985年9月1日、ゴーフォースとの間に2番目の仔ゴーバンブーカ(Go Bambuca)を産んだ。ゴーバンブーカは3戦0勝と未勝利で引退し、アルゼンチンのフィルマメント牧場で繁殖牝馬となった。母としては非凡な素質を持っていた。ゴーバンブーカから、2017年にウルグアイ1000ギニーにあたるGⅠポージャ・デ・ポトランカスを優勝したバンバイバンバ(Bamba Y Bamba)、2002年にGⅡを2勝したバンバフィッツ(Bamba Fitz)、GⅡ4勝GⅢ1勝と活躍したバンハーラン(Bamb Harlan)、2008年のGⅠエストレージャス・ジュヴェナイル・フィリーズを勝利したミスバンバ(Miss Bamba)、2012年の2歳GⅠサトゥルニーノ・J・ウンスエーを勝ったバンバジェーン(Bamba Jane)といった活躍馬が誕生した。


 1991年9月25日、ラバンブーカ8番目の産駒としてライデン(Leyden)が産まれた。父はポリティカルアンビション。ライデンは1994年に2歳GⅠエストレージャス・ジュニオール・スプリントを制するなど、17戦4勝と活躍した。後にアメリカに移籍するが、残念ながら1勝もできなかった。


 父がコンフィデンシャルトークに変わったロコモティーボ(Locomotivo)は、ラバンブーカ9番目の仔として1993年7月26日に産まれた。通算成績は9戦4勝で、重賞勝ちはない。だが、1997年5月17日にサン・イシドロ競馬場で行なわれた芝1000m直線のレースで、53秒07という驚異的なタイムを叩き出した。これは1000mの世界レコードではないかと言われている。


 ラバンブーカを始祖とする一族を繁栄させたのは、1990年8月24日に父マリアーチェとの間に産まれた6番目の仔ラバラーカ(La Baraca)である。この一族には「ラバ〇〇」という名を持つ馬が多いので、以降は『ラバ一族』と総称しよう。ラバラーカは32戦9勝、1994年のGⅠエストレージャス・スプリントを含む重賞6勝と大活躍した。前述のライデンに加え、ラバンブーカは2頭のGⅠ馬の母となったわけである。


■ ラバラーカが勝った1994年のGⅠエストレージャス・スプリント



ラバラーカの産駒


 ラバラーカは母としても優秀だった。バカシオン牧場で繁殖入りすると、1996年から2013年までに10頭を産んだ。そのうち6頭が競走馬としてデビューし、4頭が勝ち星をあげた。


 1998年7月15日、父にロイを持つラベルガ(La Belga)が2番目の仔として産まれた。この牝馬は2001年の2歳GⅠエリセオ・ラミレスを勝利するなど、12戦3勝の成績をおさめた。引退後はイギリスで繁殖入りし、2011年からアルゼンチンのエル・チャナール牧場に移った。2012年にGⅡを2勝したマルクスアウレリウス(Marcus Aurelius)は、ラベルガの孫にあたる。


 翌年7月8日、コンフィデンシャルトークを父とするラバラーダ(La Balada)が誕生した。現役時代は7戦1勝と振るわなかったが、本領発揮は母となってからだった。


■ マルクスアウレリウスが勝った2017年のGⅡヘネラル・ベルグラーノ



ラバラーダの産駒


 ラバラーダも祖母・母と同じくバカシオン牧場で繁殖牝馬となった、2003年から2017年7月27日に亡くなるまで、11頭の仔を産み、出走した7頭すべてが勝ち上がった。


 2005年7月2日、オーナーアンドグローリーとの間に2番目の仔リリオーペ(Liriope)が産まれた。リリオーペは22戦6勝、GⅡを1勝、GⅢを1勝と活躍した。現在はバカシオン牧場で繁殖牝馬となっているが、出産した6頭いずれも競走馬にはなっていない。2020年はハイハッピーとの間にラビオスペルフェクトス(Labios Perfectos)を産んだ。


 2008年9月18日、ラバ一族の最高傑作と言える1頭がこの世に生を受けた。ノットフォーセールを父に持つ5番目の仔バラダセール(Balada Sale)である。アルゼンチン時代は6戦5勝。2011年にアルゼンチン1000ギニーにあたるGⅠポージャ・デ・ポトランカスと、アルゼンチン・オークスにあたるGⅠセレクシオンを優勝し、その年のアルゼンチン年度代表牝馬と最優秀3歳牝馬に輝いた。翌年からはフランスに移籍し、UAEダービーなどに出走したが、残念ながら結果は出せなかった。繁殖牝馬になってからの話は、すでにご存じだろうが、後に述べる。


 ラバラーダ9番目の産駒として産まれたのが、ルブルース(Le Blues)である。父はローマンルーラー。2015年にアルゼンチン2000ギニーにあたるGⅠポージャ・デ・ポトリージョスを制し、2016年からエル・パライソ牧場で種牡馬となった。毎年80頭以上と種付けする人気種牡馬であり、2017年1月に亡くなったローマンルーラーの後継者として期待されている。


■ バラダセールが勝った2011年のGⅠポージャ・デ・ポトランカス



ラバ一族は日本へ


 バラダセールを購入したのは日本の吉田勝已氏である。現役引退後はノーザンファームで繁殖牝馬となり、ディープインパクトとの間にサトノフラッグ、サトノレイナスを産んだ。今年デビュー予定の牝馬はヴァラダムドラーと名付けられ、昨年はドゥラメンテとの間に牝馬が、今年もドゥラメンテとの仔が産まれる予定である。


 日本に導入されたラバ一族には、バラダセールに加え、コスモセンスがいる。このフランス産の牡馬は、ラベルガがイギリスで産んだラフィネ(Rafine)を母に持つ。22戦して地方で2勝と、競走馬としては大成しなかった。


 ラバンブーカから派生した活躍馬をまとめると以下のとおりになる(※太字はGⅠ馬)。


・ラバンブーカ ⇒ ライデン、ロコモティーボ、ラバラーカ

・ラバンブーカ ⇒ ゴーバンブーカ ⇒(中略)⇒ バンバイバンバ、バンバフィッツ、バンハーラン、ミスバンババンバジェーン

・ラバンブーカ ⇒ ラバラーカ ラベルガ

・ラバンブーカ ⇒ ラバラーカ ⇒ ラバラーダ ⇒ リリオーペ、バラダセールルブルース

・ラバンブーカ ⇒ ラバラーカ ⇒ ラバラーダ ⇒ バラダセール ⇒ サトノフラッグ、サトノレイナス


 ラバ一族だが、ラバで始まる名前の繁殖牝馬で現在も活動中なのは、2004年に産まれたラバラーダの初仔ラバローカ(La Barroca)のみ