• 木下 昂也(Koya Kinoshita)

種付け頭数から予想するアルゼンチン血統の変化

 アルゼンチン・スタッドブックが、2020年における各種牡馬の種付け頭数を発表した。本記事ではその詳しい内容を見ていくが、1年だけの数値を見ても血統事情の流れや変化をつかむのは難しいだろう。したがって、以下に2010年から2020年までの種付け頭数を添付し、その推移から今後アルゼンチン競馬の血統がどうなっていくのか考察する。


※以下、最終閲覧日は2021年3月4日。2020年の種付け数は情報が更新されて変動する場合あり。


【2010年】


【2011年】


【2012年】


【2013年】


【2014年】


【2015年】


【2016年】


【2017年】


【2018年】


【2019年】


【2020年】


 近5年はアルゼンチン生産界にとって衝撃の連続だった。これまでアルゼンチン競馬を支えてきた名種牡馬たちが続々とこの世を去ったのである。以下、主な種牡馬の死を列挙した。


・2015年3月 ストームサージ

・2015年6月 ノットフォーセール

・2017年1月 ローマンルーラー

・2019年3月 キャッチャーインザライ

・2019年9月 イージングアロング

・2020年4月 セビヘイロー

・2021年1月 オーペン


 高齢化の波も押し寄せている。たとえば、2008年にアルゼンチン最優秀種牡馬に選出されたインキュラブルオプティミスト(Incurable Optimist)は、現在も種牡馬として供用されているものの、25歳と高齢のため種付け頭は全盛期の10分の1に減っている。2018年に最優秀種牡馬に輝き、2020年も最多獲得賞金でリーディングを獲得したイークワルストライプス(Equal Stripes)も21歳と、いつ何が起こるか分からない年齢に達している。


 日本ではディープインパクト、キングカメハメハ、クロフネといった大種牡馬の死が続き、彼らに代わる新しい種牡馬の台頭が求められている。その答えが、カリフォルニアクローム、ブリックスアンドモルタル、シスキンなどの導入だろう。アルゼンチン生産界でも血の転換期が訪れている。では、アルゼンチンではどのような血統が興隆していくだろうか。種付け頭数から、3つの流行を予想したい。



流行① スキャットダディ


 ここ数年における種付け頭数が目立つのが、エル・パライソ牧場で供用されているイルカンピオーネ(Il Campione)である。イルカンピオーネは2011年8月5日にチリのパソ・ネバード牧場で産まれた。父スキャットダディ、母父プレザントタップという血統。所有していたのは、現在イタリア・セリエAのインテルに所属するアルトゥーロ・ビダルだった。現役時代は11戦8勝、チリのダービーを含むGⅠ4勝と、21世紀のチリを代表する名馬である。ダービー後にアメリカのチャド・ブラウン厩舎に移籍したが、1戦しただけで現役を引退。2017年からアルゼンチンのエル・パライソ牧場で種牡馬入りした。


 2017年は129頭で5位、2018年は171頭、2019年は161頭、2020年は自身最多となる175頭で3年連続1位と、イルカンピオーネは現在アルゼンチンでもっとも人気のある種牡馬である。2021年2月20日に産駒が初出走し(エルエバリスト、9着)、同月28日には2頭目の出走となったエルインフォルマードが勝利をあげた。今後の結果次第では、アルゼンチン生産界のカンピオーネ(イタリア語でチャンピオンの意味)に君臨する。


■ エルインフォルマード号の勝利=イルカンピオーネ産駒の初勝利


 イルカンピオーネの人気は、言い換えれば、スキャットダディの血がアルゼンチンで期待されているということである。


 アボレンゴ牧場ではスキャットダディ産駒のダディーロングレッグス(Daddy Long Legs)が種牡馬として供用されている。ダディーロングレッグスは2014年から2018年までチリで繋養されていたが、2019年からアルゼンチンの同牧場に移動した。2019年は133頭に種付けして3位、2020年も139頭に種付けして3位と、際立った数字を残している。


 また、2014年にチリのGⅠセントレジャーを勝利し、2017年からアルゼンチンのコスタ・デル・リオ牧場で種牡馬となったサザンキャット(Southern Cat)もスキャットダディの仔である。2018年には117頭に種付けして、10位にランクインしている。


 スキャットダディ自身がチリのパソ・ネバード牧場にシャトルされていたこともあり、南米スキャットダディといえば、これまではチリ馬のイメージが強かった。チリ・オークスを含むGⅠ2勝をあげたワピ、カレンブーケドールの母でチリ・ダービー馬でもあるソラーリア、チリからアメリカに移籍してGⅢを勝ったサネヌスと、スキャットダディ産駒の活躍馬は枚挙にいとまがない。ノーネイネヴァー、ダディーロングレッグス、メンデルスゾーンといったスキャットダディ産駒が種牡馬として導入され、スキャットダディのチリ生産界における影響力は今後も強いだろう。


 人気に便乗したという言い方は適切ではないかもしれないが、スキャットダディ市場にアルゼンチンが参入してきた。チリで始まったスキャットダディ・ブームが、イルカンピオーネとダディーロングレッグスを導入したアルゼンチンを経由して、南米全体のブームになるかもしれない。


 余談だが、ベネズエラにはタップダディ(Tap Daddy)というベネズエラGⅠを5勝したアメリカ産馬がおり、2021年から同国のエル・センタウロ牧場で種牡馬として活動を始める。スキャットダディの血はベネズエラでも広がるに違いない。



流行② ガリレオ


 2014年に彗星のごとくアルゼンチン生産界に現れたのが、2011年のアイルランド・ダービー馬トレジャービーチ(Treasure Beach)である。父ガリレオ、母父マークオブエスティームという血統で、アボレンゴ牧場で種牡馬として供用されている。


 2014年は131頭、2015年は126頭、2016年は123頭、2017年は132頭、2019年は160頭、2020年は120頭と、毎年のように種付け頭数のトップ10に入る人気ぶりである。2021年3月4日時点で、トレジャービーチ産駒は1339戦して138勝、GⅠを8勝している。アメリカに移籍したインペラドールラレノレータという大物も輩出し、すでに種牡馬としての実績は充分である。まだ13歳。種牡馬として脂が乗った時期であり、トレジャービーチを通してアルゼンチン競馬界にガリレオの血が浸透するだろう。


■ アメリカに移籍したトレジャービーチ産駒のインペラドール


 アルゼンチン・ガリレオの担い手はもう1頭いる。ジョンFケネディ(John F Kennedy)である。


 2012年にアイルランドで産まれたこのガリレオ産駒は、2016年よりアボレンゴ牧場で種牡馬入りした。2016年は132頭で4位、2017年は121頭で7位と人気銘柄だったが、2018年は91頭、2019年は62頭、2020年は63頭と、わずか2,3年で種付け頭数が半減してしまった。


 にもかかわらず、なぜジョンFケネディが有望な種牡馬であるかというと、2017年産まれの初年度産駒が大仕事をやってのけたからである。2020年12月、クールデイが南米最大のGⅠ競走であるカルロス・ペジェグリーニを優勝した。この勝利によって、2021年以降のジョンFケネディの種付け頭数が増えることは必至である。]


 また、2014年に117頭に種付けして10位になったシマドゥトリオンフ(Cima De Triomphe)もガリレオ産駒であることを述べておく。現在はラ・レジェンダ牧場で供用されており、すでにGⅠ馬を輩出している。


 トレジャービーチとジョンFケネディという若い2頭の種牡馬が、アルゼンチン・ガリレオだけでなく、これからのアルゼンチン生産界を引っ張っていくだろう。数年後、イルカンピオーネとダディーロングレッグスのスキャットダディ勢 VS トレジャービーチとジョンFケネディのガリレオ勢が、アルゼンチン競馬における戦いの主な構図になるかもしれない。


 もちろん、今日の種牡馬戦国時代である。ウルグアイがケンタッキー・ダービー馬オーブを、ブラジルがBCジュヴェナイル・ターフの勝ち馬アウトストリップを導入したように、アルゼンチンにも超大物種牡馬が導入され、スキャットダディでもガリレオでもない、まったく違う色で勢力図を塗り替える可能性だってなきにしもあらず。


■ クールデイが勝利したGⅠカルロス・ペジェグリーニ



流行③ 内国産馬


 アルゼンチンの内国産種牡馬といえば、ノットフォーセールであり、セビヘイローであり、イークワルストライプスであった。しかし、ノットフォーセールとセビヘイローは鬼籍に入り、イークワルストライプスは健在だが高齢である。世代交代を迫られている。10歳以下の新興種牡馬で注目したいのが、ハイハッピー(Hi Happy)、イルメルカート(Il Mercato)、コズミックトリガー(Cosmic Trigger)の3頭である。


 ハイハッピーはアルゼンチンで6戦6勝(GⅠ4勝)と圧倒的な強さを見せつけてアメリカに移籍し、2018年のGⅠマンノウォーSを優勝した。日本で繁殖牝馬となったオジャグア、BCディスタフを勝ったブループライズと並び、ピュアプライズ産駒の最高傑作のうちの1頭である。


 2018年に現役を引退し、アルゼンチンに帰国して2019年から名門バカシオンで種牡馬となった。2019年は103頭、2020年は108頭と種付けし、ピュアプライズの後継種牡馬として期待されている。


 イルメルカートは2018年のGⅠカルロス・ペジェグリーニを制した後に、アメリカのチャド・ブラウン厩舎に移籍した。しかし、怪我でアメリカ・デビューを飾ることはできなかった。


 2020年5月にアルゼンチンに戻り、ラ・パシオン牧場で種牡馬となることが発表された。種牡馬1年目の昨年は100頭と種付けし、2015年に亡くなったノットフォーセールの後継として今後の活躍が楽しみである。


■ イルメルカートが勝利した2018年カルロス・ペジェグリーニ


 ハイハッピーとイルメルカートは、海外競馬に詳しい人なら一度は耳にしたことがあるかもしれない。しかし、コズミックトリガーという名前を聞いたことのある人は少ないのではないか。


 コズミックトリガーは2012年8月12日にアルゼンチンのアボレンゴ牧場で産まれた。父はリザードアイランド、母父はキャンディストライプスという血統だが、血統表の中でもっとも重要な存在は母のキャンディガールである。キャンディガールはキャンディライドの母、つまり、コズミックトリガーはキャンディライドの半弟にあたる。2015年9月のデビュー戦を2馬身差、10月の2戦目を7馬身差と、兄を彷彿とさせる走りで競走馬として期待された。しかし、怪我によってわずか2戦での引退を強いられた。


 良血が評価され、2016年より産まれ故郷のアボレンゴ牧場で種牡馬入りすると、2016年は94頭、2017年は101頭、2018年は89頭、2019年は90頭と種付けした。2020年は152頭と急増し、これはイルカンピオーネに次いで2番目に多い数字である。半兄キャンディライドはアメリカで今や世界的種牡馬に成長したが、コズミックトリガーは「アルゼンチンのキャンディライド」として注目を集めている。


 スキャットダディやガリレオといった世界的に有名な血がチェーン店のように広がっていくのは楽しみである。しかし、やはりファンが見たいのは自国のスターの雄姿だろう。アルゼンチン競馬を築いた種牡馬の血、すなわち老舗の血が、外国勢に淘汰されることなく受け継がれてほしいものである。


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木下 昂也(Koya Kinoshita)

Twitter : @koyakinoshita24

G-mail : kinoshita.koya1024@gmail.com

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