• 木下 昂也(Koya Kinoshita)

11月1日の呪い:ペルシステンテの悲劇

 1998年11月1日は、多くの競馬ファンにとって悲劇の日として記憶されている。サイレンススズカが天皇賞秋で左前脚の手根骨粉砕骨折を発症し、予後不良となった日である。レースを勝ったのはオフサイドトラップ。しかし、レースに勝っていたのはサイレンススズカであることを疑う人はいないだろう。


 2020年はあらゆる業界・人々にとってあまりにも苦しい1年となった。競馬も例外ではない。新型コロナウイルスの感染拡大により世界中の競馬が中断、もしくは無観客開催を強いられた。そんな暗闇を照らしてくれたのが、2020年に誕生した数々の名馬である。特筆すべきは、デアリングタクトとコントレイルという日本の3冠馬である。3冠はエクアドルのヒターナフィエル(Gitana Fiel)、ドミニカのウラカンペ(Huracán P.)、トリニダード・トバゴのワイズガイ(Wise Guy)、メキシコのジョバニーナ(Giovannina)、ベネズエラのラッフスター(Raffsttar)、などが達成したが、無敗で3冠に輝いたのは日本の2頭だけである――もし違っていたら知識不足をご海容ください――。だがもう1頭、無敗の3冠馬になっていたはずの馬がいたことは、ほとんど知られていない。


 2019年7月5日、プエルトリコ。降りしきる雨の中行なわれたカマレーロ競馬場1Rのダート1100m戦で1頭の素質馬がデビューした。父コンソール、母ミスタレント、母父アラゴーンという血統の2歳牡馬。その名をペルシステンテ(Persistente)という。好スタートからハナを奪うと、2着のハーランズイメージ(Harlan's Image)に8 1/4馬身差をつける快勝をおさめた。翌年5月から始まる3冠戦線に向けて視界良好である。


◆ デビュー戦を快勝するペルシステンテ



 しかし、プエルトリコでもコロナウイルスが猛威を振るった。プエルトリコ競馬は感染が本格化した3月以降も無観客での開催を続けていたが、感染状況の悪化により、4月から競馬開催を中断せざるをえなくなった。12月にはカリブ海諸国の最強馬を決める戦い「クラシコ・デル・カリベ(カリビアン・クラシック)」がカマレーロ競馬場で開かれるはずだったが、開催自体も中止となってしまった。結局、競馬が再開したのは6月5日である。


 再開翌日の6月6日、3歳となったペルシステンテはレースに復帰した。プエルトリコの名手フアン・カルロス・ディアスを背に、カマレーロ競馬場1Rのダート1400mに挑んだ。レースは、スタート直後から1番人気を分け合ったプレセンシアル(Presencial)との一騎打ちとなり、わずかにアタマ差でプレセンシアルが1着入線を果たした。しかし、斜行によってプレセンシアルは2着に降着、ペルシステンテが繰り上がりで優勝となった。


◆ ペルシステンテは2着入線だが、1着馬の降着により繰り上がりで1着に



 3戦目は7月27日のダート1700m戦。ペルシステンテはここで2着に17 3/4馬身差をつける圧巻の走りを披露し、改めて能力の高さを見せつけた。8月17日のダート1700m戦も勝利し、無傷のデビュー4連勝で3冠競走に挑むことになった。


 2020年のプエルトリコ3冠競走は、9月5日にカマレーロ競馬場のダート1700mで行なわれるGⅠデルビー・プエルトリケーニョから始まった。出走は7頭。ペルシステンテは1番人気に推された。2番人気に支持されたのが、因縁の相手プレセンシアルである。しかし、ペルシステンテは3ヶ月前のペルシステンテではなかった。スタートで大きく左にヨレて後手を踏んだものの、向正面でハナを奪うと、そのまま後続に影をも踏ませぬ鮮やかな逃走劇を演じた。斜行があったとはいえ一度は先着を許したプレセンシアルに対し、9 1/4馬身もの大差をつける快勝だった。無敗の1冠馬の誕生である。


◆ 1冠目デルビー・プエルトリケーニョ(プエルトリコ・ダービー)



 2冠目となるGⅠコパ・ゴベルナドールは、10月4日にカマレーロ競馬場のダート1800mで行なわれた。出走は4頭。少頭数となったため、投票の集中が予想されるペルシステンテは賭けの対象から外された。またしてもスタートで左にヨレて3番手となったが、1コーナーから2コーナーにかけて先頭に躍り出ると、あとは1冠目の再現だった。2着はまたしてもプレセンシアル。しかし、9馬身離された1冠目と異なり、4 1/4馬身までペルシステンテとの差を縮めた。ちなみに、2着プレセンシアルと3着ニューミリオネア(New Milionaire)との差は11馬身あり、いかにこの2頭が抜けた存在であるかが分かる。


◆ 2冠目コパ・ゴベルナドール



 2020年11月1日、プエルトリコ3冠競走最終戦となる第59回GⅠコパ・サン・フアンがカマレーロ競馬場のダート1900mで行なわれた。ペルシステンテは2019年ルドゥー(Ledoux)に続く14頭目の3冠、1954年カマレーロ(Camarero)以来となるプエルトリコ競馬史上2頭目の無敗の3冠を懸けて出走した。5頭立てということで、今回も賭けの対象から外された。


 スタートはいつもの悪癖で左にヨレたものの、まずまずといったところ。2冠目と同じように、1コーナーを回ったところでハナに立つと、快調に飛ばして徐々に後続を引き離していく。2番手との差は5馬身ほど。大記録達成は間違いなしと、見ている誰もが思ったことだろう。


 悲劇は突然訪れた。ゴールまで残り500mのところで、ペルシステンテの歩様が乱れた。画面越しにガクンと音が聞こえてきそうなほどの故障は、競馬を見慣れた人ならただ事ではない怪我であることが一目瞭然だった。フアン・カルロス・ディアスは馬を止めた。競走中止……。偉業の懸かったレースはまさかの結末を迎えた。プエルトリコ3冠目を勝ったのは最大のライバル・プレセンシアルだった。


◆ 3冠目コパ・サン・フアン。ペルシステンテは競走中止に......



 試合に勝って勝負に負けたと思っていたのかもしれない。プレセンシアルの馬主ルイス・モラーレス氏の勝利者インタビューには、彼のすっきりしない心持ちが滲んでいた。


「ペルシステンテが怪我をして悲しい。あの馬は3冠馬になっていたに違いない。だが、偽善者を演じても仕方がない。わたしのプレセンシアルが勝ってくれて嬉しい。しかし、怪我をしたペルシステンテのほうが上だったと認める」


 一方、悲劇の馬主となったマルク・タシェール氏は冷静に述べた。

「競馬には起こりうる出来事であり、このスポーツの悲しい側面である。しかし、もしこの業界に携わるのなら、起こりうることを覚悟していなければならない。サラブレッドはアスリートであり、アスリートであるからこそ怪我をする」


 レース後、ペルシステンテには種子骨の骨折が判明した。生命に関わる重篤な怪我であり、11月4日に手術が行なわれた。ペルシステンテとはスペイン語で「粘り強い」という意味である。手術は成功した。その名のとおり、ペルシステンテは粘り強く生き延びた。関係者の見解では、1年後には競走馬として復帰できるかもしれないとのことである。しかし、馬主のタシェール氏は「この骨折によってペルシステンテはキャリア・エンディングを迎えた」と述べている。


 サイレンススズカとペルシステンテ。国籍も血統も環境も何もかもが異なる2頭だが、大きな共通点を持っている。それは11月1日に晴れの舞台で大怪我をしたということ。11月1日は競馬界にとって忌まわしい日なのかもしれない。



【参考】 "Por lastimadura en plena carrera, Persistente pierde la Triple Corona" https://www.primerahora.com/deportes/otros/notas/por-lastimadura-en-plena-carrera-persistente-pierde-la-triple-corona/ 最終閲覧日:2021年1月17日


"Persistente será operado el miércoles" https://www.primerahora.com/deportes/otros/notas/persistente-sera-operado-el-miercoles/ 最終閲覧日:2021年1月17日


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木下 昂也(Koya Kinoshita)

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