• 木下 昂也(Koya Kinoshita)

リュティエブルース:傷跡を嫌われたスーパーヒーロー

この記事は、アルゼンチンの日刊紙『ラ・ナシオン(La Nación)』に掲載された "El caballo maravilla: a Luthier Blues lo miraban con desconfianza por una cicatriz, pero ganó 10 carreras seguidas y la gente hace fila para sacarse fotos" を翻訳・一部改編したものになります。

 

【予備知識】

■ リュティエブルース(Luthier Blues)

・ルブルース産駒の5歳牡馬。直線1000mでGⅠ4勝を含む10連勝を達成(継続中)。10連勝は21世紀におけるアルゼンチン競馬史上初。今アルゼンチンでもっとも人気がある馬。

・アスール競馬場の所属馬。主要競馬場に所属していない、いわば地方競馬の馬。同じく地方競馬のコルドバ州から羽ばたいたキャンディライドと比べられることもある。



 4本脚のスーパヒーローがアルゼンチンのアスールという町にいる。7万人の住民にとって、まるで名誉市民のような存在である。その英雄をリュティエブルース(Luthier Blues)という。2017年9月13日にアスールから約320km離れたカピタン・サルミエントで産まれた。彼のことを親しみを込めてプラット(Pratto)と呼ぶ人もいる。「うちの厩舎に来たとき、サッカー選手のルーカス・プラットのようにデカく、たくましかったんです。プラットという名がしっくりきました」と、同馬を管理するゴンサーロ・サルノ調教師は明かした。


 サルノ調教師は29歳。サッカーのインデペンディエンテのファンである。厩舎のメンバーには様々なクラブのファンがおり、サッカーは日々共通の話題である。ルーカス・プラットのあだ名を「オソ(Oso)」という。オソはスペイン語で「熊」を意味する。熊とあだ名されるほどプラットは屈強な選手だった。オソがリーベルに所属しているとき、誰かがリュティエブルースをプラットと呼び始めた。


 入厩した2019年当時、馬体重500kgを超えるこの黒い若駒が、21世紀のアルゼンチン競馬で初となる10連勝を達成し、アスール市を超えて広く知られる存在になるとは、誰も予想だにしていなかった。彼は持ち前のスピードによって時の馬となっている。ファンは彼と写真を撮るために列を作り、レースで後続をぐんぐんと引き離す姿に歓声と拍手を贈る。


 『みにくいアヒルの子』のように、リュティエブルースの美しさは内面にあった。成長するにつれて、内面の美は顕著になっていった。「セールの日、多くの馬が高値で取引されました。しかし、私たちは46万ペソ(正確には45万6000ペソ=当時のレートで114万円)でリュティエブルースを落札しました。右脚に傷跡があったので、それが買い手に嫌われたのだと思います」と、馬主のワルテル・ロルダン氏は述べた。ロルダン氏は2019年5月5日に開かれたエル・パライソ牧場のセールでリュティエブルースを購入したが、彼はそれまで1度もセールに参加したことはなかった。グスタボ・バジョン獣医師がリュティエブルースを調べ、競走能力に影響をおよぼすような怪我は一切負っていないことを確認した。購入が成立し、ロルダン氏はリュティエブルースを馬運車に乗せ、新たな家に連れていった。アスール競馬場から数メートルしか離れていない、サルノ調教師が父のグスタボと共に14歳のときから働いている厩舎である。


 ロルダン氏は息子のヘロニモと共にビール工場を経営している。その日、彼は朝早くにセール会場に着いた。セリという初めての環境に慣れないながらも興奮していた。リュティエブルースは2015年のGⅠポージャ・デ・ポトリージョスを勝ったルブルース(Le Blues)の初年度産駒にあたる。現在までに多くの特別競走勝ち馬を輩出しているが、GⅠを勝ったのはリュティエブルースだけである。ロルダン氏はリュティエブルースの血統、馬体、そして誕生日が気に入った。孫娘と同じ誕生日だったのである。



 リュティエブルースは2020年2月にデビューした。2戦目で勝ち上がり、これがカービーズ(※所有の名義)にとって初めての勝利となった。カービーズはそれまで3頭の牝馬を所有したが、いずれも未勝利に終わっていた。また、家族がデザインした白地に青い縁取りの赤い十字架という現在の勝負服は、新型コロナウイルスによる開催中断が明けた2020年9月のレースでお披露目された。「いつも羊のように大人しい馬です」と、リュティエブルースに会いに来た人々には説明される。激しい感情はゲートが開くまで温存される。パレルモ競馬場、サン・イシドロ競馬場、ラ・プラタ競馬場、アスール競馬場という4場で走り、通算20戦して14勝をあげた。


「リュティエブルースのおかげで私たちは多くの人と知り合いになれ、人生が変わりました。以前はただのファンでしたが、今は経営者・責任者として彼のことを考えなければなりません」と、ロルダン氏は競馬メディア『インフォ・トゥルフ(Info Turf)』に明かした。2021年の下半期に5連勝を達成し、その年のアルゼンチン最優秀短距離馬に選出されたとき、アスール市はリュティエブルースのために祝勝会を開いた。リュティエブルースがアスール競馬場をギャロップで駆けると、会場は歓声と拍手に包まれた。2000万ペソもの賞金を獲得した、アルゼンチン競馬界のウサイン・ボルトに捧げられた称賛である。馬主にとっても、調教師にとっても、入厩初日から世話と調教を担当している厩務員のクリスティアン・フネス氏にとっても、かけがえのない1日となった。


 リュティエブルースは2021年6月以来、敗北の味を知らない。2023年には距離延長のプランもある。「リュティエブルースは家族の一員です。遊び好きで、撫でられたりブラッシングされたりするのが好きな馬です。彼がパレルモ競馬場やサン・イシドロ競馬場で走るのを楽しみにしている人々の姿を見ると、幸せは倍にも膨れ上がります」と、ロルダン氏は言う。リュティエブルースという穏やかな性格の馬が次々と喜びをもたらす姿に、誰もが瞳を輝かせている。


La Nación / Carlos Delfino




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