• 木下 昂也(Koya Kinoshita)

パナマ、世界最高の騎手たちが生まれし地


講義を開くラフィット・ピンカイ騎手
写真:Hipódromo Presidente Remón https://twitter.com/HipodromoPA/status/1524005443680575488

 1983年、パナマの著名な詩人であるペドロ・リベーラは『風の通り道(La ruta de los vientos)』を発表した。その中で次の一節が書かれた。


Se dice que es la cuna de los mejores jinetes del mundo. 「パナマは世界最高の騎手たちが生まれし地と言われる」


『世界最高の騎手たちが生まれし地』


 これが現在でもパナマ競馬のモットーであり、アイデンティティーとなっている。


 パナマは競馬熱の高い国である。たとえば、中米最古の新聞と言われるラ・エストレージャ紙(La Estrella)のスポーツ欄は、サッカー、ボクシング、野球、競馬で分かれている。また、パナマの主要メディアであるエル・シグロ(El Siglo)のスポーツ欄も、モータースポーツ、サッカー、ボクシング、野球、競馬という項目で成り立っている。


 余談だが、1955年1月2日に当時のパナマ大統領が暗殺されたのも競馬場だった。フアン・フランコ競馬場で殺害されたのはホセ・アントニオ・レモン・カンテーラ大統領。現在パナマの競馬場であるプレシデンテ・レモン競馬場はこの人の名前から取られている。プレシデンテはスペイン語で大統領を意味する。


 1956年、パナマが『世界最高の騎手たちが生まれし地』となる最初の1歩が踏み出された。マヌエル・イカーサ騎手がパナマ人として初めて北米の競馬場で騎乗したのである。これがパナマ人騎手がアメリカで活躍するきっかけとなった。


 1963年5月4日、ブラウリオ・バエサ騎手がシャトーゲイ(Chateaugay)に騎乗し、パナマ人騎手として史上初めてケンタッキー・ダービーを優勝した。シャトーゲイはプリークネスSでは2着に敗れたものの、ベルモントSを勝利して2冠を達成した。


 バエサ騎手は数々の名馬に騎乗し、アメリカ通算3140勝をあげた。バックパサー(Buckpasser)、グロースターク(Graustark)、ドクターフェイガー(Dr. Fager)、アックアック(Ack Ack)、ロベルト(Roberto)、いずれもバエサ騎手のお手馬である。実績が認められ、1976年にアメリカ競馬の殿堂入りを果たした。


 バエサ騎手と同時期に現れたパナマ人の名手がラフィット・ピンカイ騎手である。1971, 1973, 1974, 1979, 1985, 1999, 2000年にエクリプス賞の最優秀騎手を受賞し、1975年に殿堂入りを果たした。北米通算9530勝。1984年にはスウェイル(Swale)でケンタッキー・ダービーを優勝した。パナマが生んだ最高の騎手、いや、人類史上最高の騎手と称しても過言ではない。


 2000年、パナマ政府はラフィット・ピンカイ騎手にバスコ・ヌニェス・デ・バルボア騎士団(Orden Vasco Núñez de Balboa)の称号を授与をした。1941年7月1日に創設された騎士団で、優れた功績を残したパナマ人や、政府が認めた外国人に授与される名誉ある称号である。ピンカイ騎手の他には、元スペイン国王のフアン・カルロス1世やサッカーのペレ氏などに与えられている。1騎手が1国の最高栄誉に浴したのである。


 2005年6月4日、1人のパナマ人騎手が前人未踏の大記録を樹立した。エディー・カストロ騎手はカルダー競馬場で11レースに騎乗し、1日9勝というアメリカ記録を達成した。


 翌年には若きパナマ人が脚光を浴びた。1987年12月18日にパナマのエレーラ州で生まれたフェルナンド・ハラ騎手である。ハラ騎手は2006年のベルモントSをジャジル(Jazil)で優勝した。当時の年齢は18歳である。同じ年のBCクラシックも南米最強馬インバソール(Invasor)に騎乗して勝利し、BCクラシックを優勝したもっとも若い騎手となった。また、インバソールは2007年のドバイWCもハラ騎手とのコンビで勝利し、こちらも19歳での優勝というレース史上最年少記録を樹立した。


 2009年3月17日、『パナマ、世界最高の騎手たちが生まれし地』を確固たるものにする出来事が起こった。パナマの首都シウダー・デ・パナマーに新しい競馬学校が設立されたのである。その名も「ラフィット・ピンカイ・ジュニア競馬学校(Academia Técnica de Formación de Jinetes Laffit Pincay Jr.)」。プレシデンテ・レモン競馬場はこの学校を「世界最高レベルの競馬学校であり、ここでの指導法はアメリカをはじめとした近隣国に広まっている」と紹介している。現在もたびたびラフィット・ピンカイ騎手が講義を開き、生徒は世界No.1の騎乗技術を直々に学ぶことができる。また、国立職業訓練・能力開発研究(INADEH)という政府機関からの支援も受けている。


 ラフィット・ピンカイ競馬学校の卒業生でもっとも成功したのがルイス・サエス騎手である。ウィルテイクチャージ(Will Take Charge)、エッセンシャルクオリティー(Essential Quality)などの手綱を握り、マキシマムセキュリティー(Maximum Security)で第1回サウジカップを優勝、ミスティックガイド(Mystic Guide)で2021年のドバイWCを制覇。2022年6月5日には北米通算3000勝を達成した。将来のアメリカ競馬殿堂入りはほぼ確実である。


 ラフィット・ピンカイ競馬学校には女性騎手も在籍している。2019年に卒業したヤルマリー・コレア騎手は、2020年にルーキーながら北米で118勝をあげ、その年のエクリプス賞最優秀見習い騎手にノミネートされた。ちなみに、騎手になる以前のコレア騎手はフラッグ・フットボールのワイドレシーバーとして有名だった。


 パナマからはその他にも、BC3勝のコルネリオ・ベラスケス騎手、2003年のBCクラシックをプレザントリーパーフェクト(Pleasantly Perfect)で勝利し、2014年に殿堂入りしたアレックス・ソリス騎手、北米通算2102勝のエルビス・トゥルヒージョ騎手、ワイズダン(Wise Dan)でBCマイルを制するなどGⅠ26勝のホセ・レスカーノ騎手といった名手が生まれている。


 野球やボクシングで数々のスターを輩出したパナマは、まさに『世界最高の騎手たちが生まれし地』でもある。国をあげて騎手の育成に取り組んでいる。競馬の人気は高く、外国で活躍する騎手は憧れの存在であり、パナマ人でも世界に出て成功できるという自信を与えてくれる。騎手になりたい若者は、ラフィット・ピンカイの名がつけられた世界最高水準の競馬学校で騎乗技術を学ぶことができる。これからもパナマは『世界最高の騎手たちが生まれし地』であり続けるだろう。



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木下 昂也(Koya Kinoshita)

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