• 木下 昂也(Koya Kinoshita)

ウルグアイで種牡馬をしていたエッセヨンが23歳で死去


写真:Hector Garcia(@PuchiGarcia33) https://twitter.com/PuchiGarcia33/status/1481238645294125059

 1月12日、ウルグアイで種牡馬をしていたエッセヨン(Essayons)が、繋養先のロス・ネネス牧場で亡くなった。23歳だった。


 エッセヨンは1999年4月5日にアメリカのブラッシュウッド・ステーブルで産まれた。父はデピュティーミニスター。母のストラテジックマヌーヴァー(Strategic Maneuver)は現役時代にGⅠスピナウェイSとGⅠメイトロンSを優勝した名牝である。半妹にはGⅡラカニャーダSを優勝したキャットファイター(Cat Fighter)がいる。


 2001年12月16日にアケダクト競馬場で競走馬としてデビューし、3戦目で初勝利をあげた。GⅡピーターパンSで4着に入ったが、残念ながら重賞勝ちをおさめることはできなかった。通算成績は14戦2勝。


 2003年10月に現役を引退すると、2004年よりウルグアイで種牡馬として供用されることになった。毎年30頭前後と種付けし、種牡馬リーディングの上位にランクインしたこともある。


 GⅠ馬は4頭輩出した。2008年にウルグアイのオークスにあたるGⅠセレクシオンと、ウルグアイのエリザベス女王杯に相当するGⅠシウダー・デ・モンテビデオを優勝し、2008年のウルグアイ年度代表牝馬に選出されたエッサフラガンシア(Essa Fragancia)、2009年にウルグアイの2000ギニーであるGⅠポージャ・デ・ポトリージョスと、ダービーであるGⅠナシオナルのウルグアイ2冠を達成したエスコラーソ(Escolaso)、2011年にウルグアイの1000ギニーにあたるGⅠポージャ・デ・ポトランカスを制したエスタディスタ(Esstadista)、2015年に3冠競走第2戦のGⅠジョッキークルブを勝ったエスガライコ(Essgalaico)である。


 2011年からエスコラーソがエッセヨンの後継種牡馬としてウルグアイのエル・ランチェーロ牧場で供用されている。2019年にエスコラーソ産駒のミルティトペエレペ(Miltitoplp)がGⅠナシオナルを優勝し、見事に親仔制覇を達成した。


■ 2019年GⅠナシオナル



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木下 昂也(Koya Kinoshita)

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